投稿者「中筋 直哉」のアーカイブ

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。

40年目の三笠艦:学生と記念艦三笠を訪れる

ゼミ合宿のかわりの日帰り旅行で、学生たちと横須賀の「記念艦三笠」を訪れた。ゼミではR.ベネディクト『菊と刀』を読んでいるので、近代日本の1つの象徴を見るという意味での見学だ。私自身にとっては40年目、3度目の訪問である。 … 続きを読む

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複製芸術のアウラ:1枚の復刻版CDを考証する

大学2年の時、W.ベンヤミンの「複製技術時代の芸術」(1936年)を読むゼミが開かれたので、クラスメートの数土直紀君(現学習院大学教授)と一緒に参加した。数土君は大学入学以来ずっと同じクラス、学科、研究科で学んだ、長い学 … 続きを読む

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市井の職人に出合うよろこび:「中央フラワー」の花職人

新婚の頃から指導していただいている、野口整体の指導者が国立にいらっしゃって、子どもたちと一緒に毎年2回、親類を訪ねるように訪ねるのがわが家の慣例だ。子どもが小さい頃は泊まりがけで黄色いシエンタを走らせたが、子どもたちが大 … 続きを読む

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きっとこの日が来ると思っていた:杉原邦生演出『夏の夜の夢』を見る

名古屋から家族で上京し、池袋あうるすぽっとで杉原邦生演出のシェイクスピア『夏の夜の夢』を観劇した。いつか、きっとこの日が来ると思っていた。 新婚の頃は仕事がややこしい割に実入りは少なく、連れ合いが就職したがともに薄給、加 … 続きを読む

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君子の交わりは・・・:旧友と京都で再会する

中学高校時代の友人とおそらく20年ぶりくらいで再会した。20年というのは、前に会ったのはまだできたばかりの京都駅ビルで、その駅ビルが20周年というのだから。 今の彼は龍谷大学で真宗学の先生をしているが、中高時代は硬式庭球 … 続きを読む

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「建武の新政」と「建武の中興」はどこがちがうか:歴史社会学批判、その4

中学高校時代の日本史の先生は、もう中1のときから(よく知られている通り、わが母校では中高6年間担任は持ち上がり)お爺ちゃんな感じで、授業も退屈だったから、よくちょっかいを出して、廊下やら教卓やら(黒板に向かって)に立たさ … 続きを読む

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「かわいい」ものの自由研究:奈良美智展を見る

夏休みの自由研究として、豊田市美術館へ奈良美智展を家族で見に行った。予想よりは混んでいて、駐車場に整理員が出ていた。夏休み中とはいえ平日なので、家族連れの若いお父さん以外の男性客はほとんどいない。中京圏らしく、むしろおじ … 続きを読む

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「小さい」社会学について考える:「大きい」社会学と「小さい」社会学、その2

前便に続いて「小さい」社会学について考えてみたい。「大きい」「小さい」などと感覚的な言葉で言い換える必要などなく、マクロ社会学、ミクロ社会学でいいのではないか、という異論が考えられる。が、さて、この言い方最近あまり聞かな … 続きを読む

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「大きい」社会学と「小さい」社会学:歴史社会学批判その3

昔話の「雀のお宿」は、よいお爺さんは舌切り雀から「小さい」つづらをもらい、中身の宝で豊かになるが、悪いお婆さんは「大きい」つづらをむりやり奪い取ったものの、中身はお化けでビックリという話である。さて、先便で歴史社会学を連 … 続きを読む

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新幹線で駅弁を使うこと:新幹線の社会学5

夕方以降の下りの新幹線に乗ると、東京なり品川なり新横浜なりで乗車した客が発車後すぐにビールや発泡酒のプルトップを開け(プシュー)、弁当を開く音(ピッ、ガサッ)があちこちで聞こえる。私はいつからか新幹線車中で食事しなくなっ … 続きを読む

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