投稿者「中筋 直哉」のアーカイブ

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。

論文書きました:「多様性の批判的活用」

オオ友よ、このようなお菓子ではない。もっとマジメな勉強の話を! 病気以来はじめて論文らしきものを書いた。甲南大学の阿部真大先生のお取り次ぎ(後輩だが面識はないのでありがたいこと)。論文というより、ここの投稿の長いのみたく … 続きを読む

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生ききった者にのみ安らかな死がある2:整体指導者の死を悼む

私たち家族が長年お世話になった国立の整体指導者が亡くなられた。享年88。この状況下では見舞いはおろか葬儀にも参列できなかった。ただ遠くから悼む他はない。 25年前、新婚の私たちは西国立に貸家を借りて住み始めた。それまで日 … 続きを読む

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わがディスタンクシオン:小倉百人一首に寄せて

母の実家は祖母が1男4女の末娘、母が3人姉妹の真ん中なので女の気に満ちていて、年賀のあいさつの後は必ず百人一首カルタになった。もちろん小さい頃は坊主めくりで、カルタは少し大きくなってからだが。高校の国語教師の叔母が解説書 … 続きを読む

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亡父の死の風景:新年早々すみません

ツイッターでつながっている永太郎(ながたろう)さんという地理学の方が元日の夕暮れの美しい写真をアップしていて、ふと見るとそれはまごうことなき亡き父の死の風景だった。被写体は三菱重工神戸工場本館だが、その向かいの建物は三菱 … 続きを読む

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犬吠埼:2020年末のご挨拶

最近「犬吠埼」という言葉を思い出した。地名ではなく「調子(銚子)っ外れ」の意味で、一般的だと思っていたが手元の電子辞書にはない。いつ聞き覚えたのだろう。 地名の犬吠埼には大学3年生の時一度だけ訪れたことがある。免許取り立 … 続きを読む

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素人体癖論:左右型から前後型六種へ

先便でフランスの社会学者ピエール・ブルデューの人柄は、野口晴哉の体癖でいう「左右捻れ」ではないかと書いた。全くの素人診断で、医者ではないものの会員の健康を預かる整体指導者からすると迷惑千万かもしれない。でもまあ、文庫本も … 続きを読む

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左右捻れ:ディスタンクシオン第二夜

野口晴哉『体癖』(ちくま文庫)は身体の動きの傾向と心の動きの傾向を重ね合わせて5つの分類を立てた(厳密には6つ)。正邪にこだわる上下型、好き嫌いにこだわる左右型、損得にこだわる前後型、勝ち負けにこだわる捻れ型、そして、ち … 続きを読む

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ユルム街の憶ひ出:100分で名著『ディスタンクシオン』を見ながら

私たちは黙って冬の日だまりのユルム街を後にした。 もちろんユルム街で学んだわけでも、辛い失恋をしたわけでもありません。 大学院生の頃、学部で1年先輩の友人と初めてパリを訪れた。主たる目的は有名レストランの食べ歩きだったが … 続きを読む

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リアリティ・トランジット私論:成瀬巳喜男監督『放浪記』に寄せて

学部の科目「地域社会学」改メ「グローバル社会のローカリティ」第10回は「リアリティ・トランジットとアート」というテーマで、吉見俊哉先生のリアリティ・トランジットというキーワードを導きの糸に、さまざまな移動空間を生きること … 続きを読む

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迷宮としてのイエ社会:新聞連載小説に触発されて

朝日朝刊、池澤夏樹の連載小説『また会う日まで』がクライマックスを迎えている。昨日の連載第118回で彼の父の出生の秘密が明らかにされた。連載当初は興味を引かれなかったが、最近急に面白くなってきた、というか作者の筆に重みが出 … 続きを読む

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