私の心情と論理」カテゴリーアーカイブ

ナゴヤの戦争と平和:ピースあいち「名古屋空襲と戦傷者たち」展を見る

先便で書いたように、私のなかには社会運動や運動する人に惹かれる磁石のようなものがある。昔学生大会の議長をやっていて、銀杏並木を通りかかった高校の同級生から、「そういうところ、お前のダメなところだな」と言われて30年、まだ … 続きを読む

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愛弟子の死を悼む

Sさんは、私たちの社会人大学院の3期生で15年前に入学、当時大学の近所の看護学校の教頭先生だった。当時ベテランナースが多く入学していて、別の先生のゼミに集まっていたのに、彼女はなぜか私の指導を受けようと思ったらしい。 最 … 続きを読む

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ゲゲゲの鬼太郎邸訪問!:京都高台寺時雨亭の数寄

ついにゲゲゲの鬼太郎邸を訪問!というのはフェイクニュースで、これは京都東山高台寺にある重文の茶室時雨亭である。先日研究交流のついでに(遊びじゃありません)、念願の訪問を果たした。実際に見ると、研究書で見たよりずっとゲゲゲ … 続きを読む

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7年目の3月11日:佐倉統東大教授の書評に怒る

7年目の3月11日、私は研究者としても生活者としても震災復興にまったく関わってこなかった。だから今日言えることはほとんどない。しかし朝、寝ぼけまなこで新聞のある書評を読んいたら、怒りがふつふつと湧いてきた。 それは朝日新 … 続きを読む

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「コミュニティ・トンネル」を抜けて:子どもの中学卒業式の感慨

今日は下の子の中学校の卒業式。子どもの成長への感慨とは別に、しみじみこれで「コミュニティ・トンネル」を抜けたな、という感慨が深い。「コミュニティ・トンネル」とうのは業界用語でも私の商売用語でもなく、その間ずっとガマンして … 続きを読む

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フロイトから社会学が学ぶこと:「こんな夢を見た」の項の続き

先便「こんな夢を見た」を読んだ母から「事実と違う」というクレームの手紙が来た。80近い母、これまで私の仕事に興味のなかった母がこんな専門色の濃いブログを見つけて読んだこと自体驚きだったが、なぜそうできたか、経緯を想像する … 続きを読む

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40-32÷2=?:受験秀才をこじらせて1

古い友人がfacebookで「40-32÷2=?」というネットニュースネタを引用していて、答えは「4!」で、ウソと思った人は文系、ニヤリとした人は理系だそうだ。元ネタでは答えを出す役が小学生になっているので、つい「今どき … 続きを読む

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善いサマリア人とは:朝日新聞2月17日特集記事を読んで

朝日新聞2月17日朝刊(13版11頁「オピニオン」)の特集記事「最低限の住まいとは」に、札幌市の共同住宅火事に関する奥田知志牧師の談話が掲載されている。一部分だけ取り出すのは不公平ではあるが、そこに引っかかったのでそこだ … 続きを読む

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こんな夢を見た:30代の頃の真実(考えたことを書き足していく)

指導教員に呼び出され、グジグジといつ終わるともしれない叱言を聞かされる。一所懸命に謝り、次はちゃんとやりますと何度も誓う。そこで場面が変わる。私は助手席に妻を乗せて、調査地に向かう途中だ。目の前にはどこまでも満杯のゴミ袋 … 続きを読む

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異質な世界のうちに共通性を見出す:渡戸一郎先生の最終講義

先週土曜の午後は、明星大学の渡戸一郎先生の最終講義に出席した。将来自分の最終講義をやる気はなく、他人のも、まあどうでもいいかなと一般的には思うけれど、今回は特別興味深く、勉強になるものだった。 奥田道大先生の門下生は、皆 … 続きを読む

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