私の心情と論理」カテゴリーアーカイブ

1995年1月以前と以後

子ども「お父さん、今日は珍しくテレビニュース見ないね。どうしたの。」私「うん、それは・・・」 1995年1月、私は来春からのテニュアのある職を得、どちらかがそうなったら結婚しようと決めていた連れ合いとの結婚の準備を進めて … 続きを読む

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大日本帝国軍艦扶桑:カイゼンの行き着く果て

授業カイゼンアンケートを読みながら、ふと「毎年カイゼンしていった果てはどうなるんだろう」などと考える。エクセレントプロフェッサーの栄光、なわけないか。 小学3年生の頃、『宇宙戦艦ヤマト』がきっかけで軍艦マニアになり、本屋 … 続きを読む

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謹賀新年:2020年、今年の夢

今年の夢、難易度の高い順に。 サーフィンをする。老いて足腰立たなくなる前に。昔豊橋表浜で、ひとり波と格闘していた少年に憧れて以来の夢。 英語をペラペーラとしゃべる。中学生の頃、英語教師に英和辞典で頭を殴られて以来の悲願。 … 続きを読む

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餅の贈与論:子どもの頃の遠い思い出

子どもの頃、中筋家は商店街で菓子を売っていたが、元々は青物の仲買商で、昭和戦前期に建てられた家は、商品を揃えるスペースとして玄関が広く取ってあった。歳末には、そこで餅つきを行った。石の臼をトンカチ型の木の杵一本で搗く関西 … 続きを読む

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生ききった者にのみ安らかな死がある:野口晴哉の整体との関わり

整体協会の機関誌『月刊全生』の1997年3月号の1月入会者欄に私の名前が記載されている。整体協会は少し前に大幅な組織替えを行って、私の指導者たちは皆引退してしまったので、私も今は会員でない。しかし偶々バックナンバーで上記 … 続きを読む

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再び馬場修一先生のこと

病気をして以来学生を教えることにどうしても熱意を感じられない、転職した方がいいかな、といった愚痴を連れ合いにこぼしていたら、私たちの習った先生たちはどうだったのかしら、たとえば馬場修一先生は、という話になった。3年前にこ … 続きを読む

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人生最大の失敗とは:カラヴァッジョ「ゴリアテの首を持つダビデ」を見ながら

NHKBS『ガイロク』という番組、「人生最大の失敗」というテーマで街頭インタビューしていた。私の「人生最大の失敗」って何だろう?ふと思い出したのは子どもの頃のこと。仲良しの友だちが習いごとを始めるという。剣道教室に行くと … 続きを読む

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just friend を喪う:ハーベスト社小林達也さんを悼む

FBのつながりのなかで、出版社ハーベスト社の小林達也さんの急死を知った。合掌。 20代から30代の駆け出しの頃、いつも小林さんに会っていた気がする。所属する学会の大会や研究会に出ると、いつも小林さんが本を売っていた。そし … 続きを読む

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関西電力と「家族の秘密」:一連の報道にモヤモヤする

一連の関西電力の不祥事報道、私はずっと、フロイト=ティスロン(『家族の秘密』文庫クセジュ)的な意味でモヤモヤしながら見ている。 小学校に上がるとき、私の家族は神戸の下町の実家を出て、山の手のマンションに引っ越しした。私は … 続きを読む

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ファンタジーをリアル化しない:劇団四季『パリのアメリカ人』を見る

宮川一夫カメラマンについてのNHKの番組で、M.スコセッシ監督が「私が『雨月物語』(溝口健二監督)にはじめて魅せられたのは、たびたびコマーシャルの入るテレビ放送だった」と語っていて、膝を打った。劇場や映画館のS席ではなく … 続きを読む

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