私の「新しい学問」」カテゴリーアーカイブ

夏休みの読書感想文:Y.コスチャショーフ『創造された「故郷」』(2019,岩波書店)

ぼくには前からぜひ行ってみたいと思う町があります。その町の名はカリーニングラードといって、ソ連の町です。ソ連はロシアになりましたが、レニングラードのように名前を変えることなく。今もカリーニングラードです。なぜその町に行き … 続きを読む

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KとN、2人の次郎の物語:研究ノートから

KとN、2人は同じ1920年生まれの京童、Kは伊勢安濃津の豪商の次男ただし庶子・Nは五条大和大路の商家の次男である。Kは旧制京都一中、Nは旧制京都二中を出て、高校、大学に進んだが、三高京大のK、姫高東大のNと途は離れた。 … 続きを読む

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憧れの同世代人に会う:ジャイアントパンダの7本目の指を発見した人

朝開いてすぐの展示室には人の気がなく、大量の剥製と頭骨だけが静かに並んでいる。と、突如忙しなく動くイキモノが・・・あれは、生遠藤!。 東大総合研究博物館の特別展示「家畜」を見に行ったら、私が同世代(たぶん1歳上)で一番憧 … 続きを読む

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私が社会学に出合った頃:佐藤俊樹『社会科学と因果分析』を読む

先輩の新著を読みながら、ふと自分が社会学に出合った頃のことを思い出す。地方の受験進学校の「落ちこぼれ」には社会学はほとんど未知の存在で、新聞の身上相談の小関三平くらいしか知らなかった(小関三平先生、もう誰も覚えていない? … 続きを読む

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昭和の社会学再訪:お世話になった先生方に会う

お1人は約束して、もうお1人は偶然、大学院生時代にお世話になった同業の先生方に、この1週間のうちにお会いした。約束した方は1時間半ほど、偶然の方は立ち話程度だったが、どちらの方にも昔通り親しく接してもらい、懐かしく、うれ … 続きを読む

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ダースベイダーとスーパーマン:NHKETVクラシック音楽館を聴きながら

NHKETVの「クラシック音楽館」、ヴェネズエラ出身の指揮者G.ドゥダメルが指揮するロスアンジェルスフィルの演奏を途中から聴いた。途中からというのは、途中まで総合の方のNHKスペシャル「人体Ⅱ」を首をひねりながら見ていた … 続きを読む

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27年ぶりの交流:中川清先生に会いに行く

私がはじめて日本社会学会で発表したときの司会は中川清先生で、名著『日本の都市下層』(1985,勁草書房)をお手本にしていた私はその僥倖に感激したものだったが、学部や専門分野がちがうこともあって、手紙やメールでのご指導、交 … 続きを読む

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新年のごあいさつ:ブログのマイナーチェンジ

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 私がブログをはじめたのは、社会人大学院の宣伝のためと、故舩橋晴俊先生に強く勧められたからだった。宣伝効果は全くなく、社会人大学院はずっと慢性的応募不足に悩 … 続きを読む

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フロイトによってフロイトとともにフロイトのうちに:自分の病歴を省みる

「フロイトによってフロイトとともにフロイトのうちに」これはカトリックのミサにおける司祭の言葉のパクリだが、近頃自分の病歴を少しずつ省みたくなって、うつ病や適応障害についての精神科医の書いた本や経験者の手記を読んでいる。そ … 続きを読む

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先行く人の背を追って:中央大シンポ「地球社会の複合的諸問題」を覗く

同業他社の敵情視察ではないが、土曜午前は中央大学社会科学研究所のシンポジウム「地球社会の複合的諸問題への応答」を覗いてきた。営業宣伝的薄っぺらさのない堅実な内容で、短い時間だったが勉強になった。 主宰者は、中央大学文学部 … 続きを読む

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