月別アーカイブ: 2016年8月

文化の制度性から「落ちこぼれる」

大学院生の頃、研究室の助手(今の言い方では助教)から「君は進学校の落ちこぼれの典型だな」と評されたことがある。そのニュアンスは侮蔑的で、お前は自分の劣等感を補償するために学問しているのだろうという批判だったと覚えている。 … 続きを読む

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個人として生きることの「革命」

例によってビデオに録った映画を子どもと見ている。今回見たのは、C.リーブ主演の『スーパーマン』(1978)だ。子どもの頃テレビ放映で見て以来だ。最初見たときは、スーパーマンよりG.ハックマン演じる悪党レックス=ルーサーの … 続きを読む

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復帰第一作:藤野裕子著「都市と暴動の社会史」書評

病気の間、いくつか書評を依頼されたが、まったくやる気が出なくて断ってばかりいた。少し上向きになってきたとき、ちょうど愛着ある『大原社会問題研究所雑誌』からこの書評を頼まれたので、リハビリも兼ねて挑戦した。もうちょっと面白 … 続きを読む

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飛ぶ鳥を落としていた頃の話

たった10ヶ月間しか勤めなかった「東京大学助手(文学部)」(当時の正式な記名法)の思い出を。94年4月から日本学術振興会特別研究員に採用され、当分喰っていけると思ったら、当時2つあった助手のポストが1つ空くことになったの … 続きを読む

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墓場まで持っていかない話1:甲子園球場での思い出

このブログでちょくちょく話題にする大学内での学生の大麻吸引事件のなかで、印象に残っている挿話の1つにこんなことがあった。首謀者(要するにバイニンですね)の学生の父親から大学総長宛てに手紙が来て、そこに「このことは私と息子 … 続きを読む

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座り込む2人の社会学者:1枚の報道写真から

NHKのETV特集が日高六郎を2回特集していたことがある。面白いと言うべきか面白くないと言うべきか微妙な企画だったが、1つ印象に残ったことがある。それはチッソ本社前で日高が座り込んでいる写真だ。大柄でのっぺりとした表情の … 続きを読む

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修業時代の解けない謎:馬場修一先生の思い出

盆前のせいか、かつて出合った死者たちのことが色々と思い出される。坂部恵先生のことを「一度も授業に出たことはないが、かけがえのないことを教えてくださった」と書いたが、馬場修一先生もそうした先生の1人である。大学院の面接試験 … 続きを読む

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「誠実な敵」坂部恵先生の思い出

先に学生に対して「誠実な敵」でありたいと書いた。今日は、私の学生時代の「誠実な敵」の思い出を書きたい。学生時代私は文学部学生自治会で活動していた(今あるのかしら・・・)。公認団体だったので、年数回、学部教授会との面談を行 … 続きを読む

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何よりもだめな社会学:ある家族社会学の本に

「何よりもだめな」という言い方を最初に知ったのは菅孝行の本の題名だったが、おおもとはH.M.エンツェンスベルガーで、それも彼の祖国ドイツの国歌「世界に冠たるドイツ」のもじりだということを最近知った。原典に沿うなら『何より … 続きを読む

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一期一会の友人たち

映画を見に行くたびに、高校時代の1人の友人を思い出す。彼とは特に親しかったわけではないし、彼も私を親しい友人とは思っていなかっただろう。でも、映画を見に行くたびに、私は彼の笑顔を思い出す。彼は映画好きで、S.スピルバーグ … 続きを読む

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