月別アーカイブ: 2020年2月

古くて新しい:河田勝彦『古くて新しいフランス菓子』に沈潜

仕事でちょっと燃え尽きて、今週はずっとうつ状態。漫然と河田勝彦『古くて新しいフランス菓子』(2010,NHK出版)に逃避、沈潜。 前から気にはなっていたのだが、A.エスコフィエの章のある見開き、左頁が “Pa … 続きを読む

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野蛮としてのイエ社会:NHKETVで能「烏帽子折」を見る

NHKETVで能「烏帽子折」を見る。前半はいわゆるエエ話で漫然と見ていたが、後半は主人公の少年義経が10人くらいの盗賊を次々と斬殺した揚げ句、最後は老いた頭領熊坂長範を真っ二つ、ってお前はウルトラセブンか!能にも倫理指定 … 続きを読む

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僕はそうしたくないんです:立岩真也『病者障害者の戦後』を読んでいる

「読む(んだ)」ではなくて「読んでいる」。大学院時代から先輩の立岩真也さんの文章は苦手で、読む集中力が続かない。だからちょっと読んでちょっと休み。連れ合いは「そんなことないよ」と言うのだが。 先日内田隆三先生の『国土論』 … 続きを読む

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仲良き事は美しき哉:最近の読書から

クライスラー「『ペトルーシュカ』はすばらしい曲だね」 ラフマニノフ「うん」 クライスラー「『火の鳥』もいいなあ」 ラフマニノフ「うん」 クライスラー「それから『春の祭典』もあるなあ」 ラフマニノフ「ありゃもう駄目さ」 空 … 続きを読む

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詩人、剣客、音楽家:孤独な散歩者の夢想

散歩ではなく買い物なのだが、ぼんやり歩いていると、ふと「詩人、剣客、音楽家」という言葉が思い浮かんだ。というのはウソで、ぼんやりとではあるが、今どきの若い社会学者にはプラスアルファの人が多いな、などと考えていたのである。 … 続きを読む

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娘とその父:名古屋市美術館で岸田劉生展を見る

お父さんの仕事に付き合わされて、半べその麗子ちゃん。 名古屋市美術館で開かれている岸田劉生展の入口。岸田劉生をまとめて見るのは久しぶりだ。前に刈谷市美術館で見たときは、子どもたちは麗子ちゃんくらい。私は劉生が死んだ歳ぐら … 続きを読む

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900番教室の思い出など:森村泰昌「エゴオブスキュラ2020」展から

品川御殿山の原美術館で開かれている森村泰昌「エゴオブスキュラ2020」展を見る。午後から都心で仕事なのに、11時開場でむっちゃあわただしい。でも小1時間の映像作品も見られてよかった。 さて、映像のなかでマリリン・モンロー … 続きを読む

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釈然としない話をグジグジ考える:ゼルキン親子の和解とは?

朝日新聞7日朝刊に、音楽担当の吉田純子編集委員がP.ゼルキンの追悼文を寄せている。そのなかに「91年、死の床にあった父の指が、ゴルドベルク変奏曲を弾いているとわかった、と後に回想している。バッハの懐で、父と息子の言葉なき … 続きを読む

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失われた時を求めて:農村調査を始めた頃

地元愛知産のふきのとうが出回り始めたので、早速求めて天ぷらにして食べた。ほろ苦い春の味。それを噛み締めているうちに、『失われた時を求めて』の紅茶に浸したマドレーヌのように、昔の思い出が蘇ってきた。 2001年5月、私は今 … 続きを読む

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私と(の)地域社会学:「ポスト『国土』の地域社会学」をめざして

3月頃刊行される『社会学評論』に載る書評の初校を読み直して、そこに書いた「私と(の)地域社会学」という話題に思いをめぐらせた。今は完全に幽霊地域社会学者なのだが(書評では「欠け落ち」という歴史用語で表現してみた)、10年 … 続きを読む

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