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独習の社会学者で田辺寿利君:「社会学と人類学」の序にかえて
たぶん若手であろう文化人類学の方が、「みんなの人類学」というツィッターアカウントを開いていて愛読しているのだが、投稿を募集しているので、ついダボハゼ君の悪い癖が出て、手を上げてしまった。と言っても仕事もロクにしていないの … 続きを読む
サハリンの美しいニヴフ人:沼野充義教授最終講義を聞く
同業の樫村愛子先生に教えられて、東大文学部の沼野充義先生の最終講義をYou Tube で見た。というのは半分ウソで、夕食を作りながら聞いていた、ときどきスライドをチラ見した、というのがホント。 学生の頃は今よりさらにバカ … 続きを読む
ままならないのは住むところ:新婚当時の思い出
「住むところは大事だよ」という書き込みを若い同業者がしていて激しく同意。でも、ままならないのが住むところ。 25年前の新婚当初、まだ連れ合いは大宮で塾講師、こちらは甲府で公務員の「貧乏の底」(鈴木栄太郎)。大量の本を置け … 続きを読む
卵だって立派な食材:学生時代の道楽旅行の思い出
先便で近代料理の巨人、A.エスコフィエについて書いたので、地元の図書館で彼の著書『フランス料理の真髄』(原 題 ”Ma Cuisine”、邦訳は小野正吉監修、1974)を借りてきた。名古屋市の図書 … 続きを読む
仁義なき戦い 日社編:後日譚
先便の似田貝北川抗争の話、1つウソを書いた。縁切りを命じられた後、北川先生には職場の宴会で1回あったきりと書いているが、そうではない。もう1回会ったような会っていないようなできごとがあった。 山梨大学の私の前任者の塩入力 … 続きを読む
カテゴリー: 墓場まで持っていかない話, 尊敬する先輩たち, 私の心情と論理
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ああ、アルバンベルクですね:亡き同僚の思い出
「ああ、アルバンベルク(カルテット)ですね。」CDウォークマンから取り出したCDをみて、隣席の同僚がつぶやいた。「定番ですね」というニュアンスを感じて、つい「安売りしてたので」と韜晦してしまった。 社会人大学院の担当にな … 続きを読む
仁義なき戦い 日社編:意味のない記憶だよ
何か暴走してしまって、昔のことが思い出されてならない。 山梨大学(旧)教育学部に就職してすぐ、私の師匠の似田貝香門先生と、知遇を得たばかりの故北川隆吉先生が喧嘩を始めた。吹っ掛けたのは(いつものことだが)北川先生で、ご本 … 続きを読む
健保栄えて健康滅ぶ:3ヶ月の精神的苦行が始まる
職場の健保の強制で、来週から3ヶ月間毎朝体重を量り、3食の写真を撮り、週1回管理栄養士の姉ちゃんとスマホ面談しなければならなくなった。身長182センチ体重78キロ、俺のどこが悪いんだ!。腹囲86センチでアウトです。畜生、 … 続きを読む
カテゴリー: 墓場まで持っていかない話, 食いしんぼう
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後生畏るべし:頭に残る母校の教育
話題の書『みんなのわがまま入門』の著者富永京子先生のツィートに「みんなの残余としての私」とあって、私の学問の核心を突いていたので思わず「後生畏るべし」とリツィートした。 「後生畏るべし」、この『論語』の一句がすらすら出て … 続きを読む
2つの修正主義その6:専門バカが戦車(タンク)でやってくる
【専門バカ注意】もう暴走気味。 田辺が勤めていたのは蒙古善隣協会の運営する蒙彊学院。今西、梅棹の西北研究所は大東亜省直轄で東京の民族研究所の弟分。そちらの所長は高田保馬。京大ヤバいね(笑)。 むしろ今気になるのは、蒙では … 続きを読む