フィッシャー・ディースカウが亡くなった

ドイツのバリトン歌手、ディートリヒ・フィッシャー・ディースカウが亡くなった。86歳だから天寿だろうし、もうだいぶ前に現役を引退していたと思う。でも、非常にさびしく、悲しい。もうこんな人は出てこないだろうと思う。クライスラーやカザルスのような人がもう出てこないように。実演を聞いたことはない。ディスクとテレビ中継だけのファンに過ぎない。亡くなったと聞いて、何度も聞いてきた、バーンスタインとの大地の歌を聞いていたら、泣けてきた。なぜ、この人の歌が心を揺さぶるのだろう。うまいから? レパートリーが広いから? そんなではなくて、たぶん歌わなければならないことがあるからだと思う。そしてそれは個人的なことではなくて、社会的なことなのだと思う。マーラーのさすらう若人の歌を歌い、フォーレのレクイエムを歌い、ブリテンの戦争レクイエムを歌ったのは、単にレパートリーが広いからではなくて、1925年生まれのドイツ人の戦後の生の重さを背負っていたからではないか。全然畑がちがうけれど、帝国ホテルの村上信夫シェフにも同じようなところがあったと思う。昔「社会運動の戦後的位相」という論文で、戦後経験を生き生きとしたものとして継承するという課題を考えたが、そのとき念頭にあったのは、ディースカウや村上シェフのような存在だった。歌声や料理は決して官能的なものではない。必ず社会的であり、社会的に人の心を揺さぶるのだ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理, 見聞録 パーマリンク

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