寒々しい日独外交:ドイツ公使の発言を軽蔑する

小池百合子都知事が記者会見で「アウフヘーベン」という言葉を連発したことが話題になり、9月27日朝日朝刊が特集記事を組んでいる。そのなかで駐日ドイツ公使の「ローベルト・フォン・某」なる人物が、「日本人が使うドイツ語といえば、『リュックサック』くらいかと思っていた」と言ったそうで、この男の外交感覚の鈍さに、非常にがっかりした。どこの元ユンカー(田舎貴族)かしらないが、もうちょっと勉強してから外交官になってほしい。逆に、私たちの駐独公使が「ドイツ人が知っている日本語は『ゲイシャ』くらいかと思っていた」と言ったら、ドイツ人は「馬鹿にするな」と憤激するだろう。

ちなみに、「フォン」だからといって貴族とは限らない。かのフォン・カラヤンだって、金で称号を買ったギリシャ人の末裔だそうだから。でも、たぶんこの人、「フォン」が人間をダメにしているな。

さて、日本人が一番よく使うドイツ語とは何だろう。統計を取ったわけではないが、直感的には「カルテ」ではないかと思う。つまり医学や法学や哲学はドイツから学んだことが多かったので、その方面の言葉が日常の日本語まで入り込んでいるのだ。お菓子だって、私の好きな「ケーゼシュタンゲン」(チーズのスティクパイ)は知らなくても、「バウムクーヘン」なら皆知っている。

いい悪いは別として、「デカルト・カント・ショーペンハウアー」で青春を過ごした、かつての旧制高校生は、ドイツ語を隠語的に使っていた。旧制と新制の切り替え期だった私の師匠がふと「フライ」と言ったのを、私たちバブル期の学生は聞き逃さなかった。後で、「先生はきっと『メッチェン』っていうんだぜ」と噂しあったものである。「リーベ」とか「ベーゼ」(おっと、まちがい。これはフランス語)とか「ザーメン」とか、ああ、だんだん下品になる。とにかく「アウフヘーベン」もそうした日独交流の一側面として捉えなければ、何のための外交だか分からない。それにこれは、世界有数の都市の現職の首長であるだけでなく、もしかすると首相になるかもしれない人の発言なのだ。私がドイツの外務大臣なら即更迭だ。

でも、日本人が一番使うドイツ語は、本当はドイツ人が一番使ってほしくない「ナチス」だろう。この「フォン・某」のご先祖様がその頃何をしていたか、聞いてみたいものである。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to 寒々しい日独外交:ドイツ公使の発言を軽蔑する

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    もう少し妄想を広げてみると、この発言にはウラがあるように思われる。かつてわが師匠は、同僚でほぼ同級の富永健一先生から「東ドイツの走狗」みたいな中傷を受けたことがあったが(富永『社会学講義』中公新書)、そこから想像するに、「アウフヘーベン」はヘーゲルからマルクスにつながるので、ドイツの内向きの「黒歴史」の象徴的単語になっているのかもしれない。とくに旧東独地域の元ユンカーの家系だと恨み骨髄ではないか。また、いわゆる「ブリュッセル官僚」みたいな経歴の今どきのエリートなら、こうした自国あるいは昔のヨーロッパのローカルな歴史を思い出させる言葉は不愉快なだけなのかもしれない。小池さん、今度はぜひ「世界内存在」を使ってみてください(笑)。

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