偉大な「小さな楽団」を家族で聴く:S.クイケンの名古屋公演

新しいステージに進みつつある私たちの家族、その「思い出づくり」にS.クイケンとラ・ブティット・バンドの名古屋公演を聞きに行った。クラシックコンサートに家族で行くのははじめて、親たちは東京時代から20年ぶりである。もうそれだけでうれしい。

しかしそれ以上に、クイケンである。レオンハルトとアーノンクールが亡くなった今、1970年代のバロック音楽の刷新運動の凄さを伝えるのは、彼だけになってしまった。凄さというのは、バロック音楽をカラヤン・バーンスタインに代表される世界市場向けのロマン派中心の商業クラシックに対抗し得る(商業的にも)ものにしたこと、研究的な姿勢が派手なカリスマ的演出以上の感動をもたらすことを実証したことである。ただ、クイケンはそれだけではない。レオンハルトやアーノンクールにはまだ漂っている演出されたカリスマ性が彼にはない。子どもが「あの人、弾いていると一心不乱だね」と言っていたが、その等身大のたたずまいが、私には何より好ましい。

プログラムはオール・バッハで、前半が「G線上のアリア」を含むポピュラーな3曲、後半がソプラノ独唱が付いた世俗カンタータ。とくに後半の世俗カンタータがラ・プティット・バンドの真骨頂というべきアンサンブルの温和さで、これも子どもにいわせると、「楽しくて、あっという間に終わってしまった」。

クイケンは拍手に呼び出されても、つねにバンドの中にいて、最後に観客を納得させるために一人で出てきて、それで演奏会は終わった。20世紀芸術の奇蹟の1つが、こんなに慎ましやかであることに、私は心の底から感動した。

もっとも、私はもともとバロックファンではなく、ながく商業クラシック系だった。私の主治医、中学高校の同級生の友人は、小学生の頃からバロックに造詣が深く、たしか中1のとき(1980年頃)に彼の口から「オリジナル楽器」という耳慣れない言葉や「クイケン兄弟」という名前を聞いたように覚えている。ラ・プティット・バンドに至っては、はじめて聴いたのがハイドンのロンドン交響曲集のCD4枚組で、それまで退屈でしかなかったハイドンのパイオニアとしての凄さをはじめて教えられた。

ただ1つ気になったのは、会場で配られたチラシに、ラ・プティット・バンドが財政危機で、クイケン夫妻自身が事務局をやらざるを得なくなっていると書いてあったことだ。運動で始めた以上、最後も運動で終わることにたぶん本人も文句はないだろうが、70過ぎてから国際的な活動団体を運営するのはキツかろう。どうしてそんなことになってしまったのか。これは広い意味で私の専門だと思うので、考える前に支援すべきなのかもしれないが、少し考えてみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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