神はわがやぐら:宗教改革500年に寄せて

10月31日はハロウィーン!ではなくて宗教改革記念日で、今年は「ヴィッテンベルクの95箇条の提題」から500年である。

たまたま目にした『カトリック生活』10月号(ドン・ボスコ社)の特集が「ルターとカトリック教会」なので、驚いた。第二回バチカン公会議以降のカトリック教会の基本的方向性を踏まえれば驚くことはないのだが(といっても共同文書まで50年かかったというし、「洗礼で1つになっている」というその共同は非キリスト者から見ると?なのだが・・・)、ルターが生きていたらどう思うだろうと想像してしまう。

この特集も含め、少なくとも私が目にするこの間のルター論は「真面目な修道士だけど頭でっかちで世間知らずなので、政治に利用された」という穏便なもので、『カトリック生活』など、「聖」アッシジのフランチェスコと「聖」イグナチオ・デ・ロヨラで挟んで、アベラールと同じく、あと一歩で聖人になれなかった残念な人、扱いだ。しかし、残念な人が500年も名前が残るだろうか(アベラールも残ったが・・・)。カール五世やフリードリヒ賢公の顔も知らなくても、クラナッハの描く(賢公が描かせた)ルターの肖像画は誰でも知っている。ルターはその位置どりではなく、ルソーやマルクスの位置どりで捉えるべきなのではないか。

さすがに、わが社会学の古典はそう取り組んできたのである。ただ、あらためて読み直してみると、あの(大塚久雄の節回しで)M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のルターの扱いは微妙である。1章を割いて論じるものの、あきらかにカルヴィニズムやピューリタンの前座扱い、カトリックと同列扱いである。そのこと自体がこの本を読む勘どころだと思うけれど(なぜウェーバーはこの本を書いたのか、ほんとうは何が言いたかったのか)、ルター自身について教えるところは少ない(折原先生、ごめんなさい!)。

人間ルターを鮮烈に描き出したのは、やはりE.エリクソン『青年ルター』だろう。私の見るところ、エリクソンはルターをヒトラーの隠喩として探究している。その意味で『青年ルター』はE.フロム『自由からの逃走』と対をなす研究だ。ただエリクソンがフロムでないように、この本はルターの異常性に集中しすぎ、その普遍性を捉え損なっている憾みがある。それでは、やはり500年は残らない。

普遍性の方で考えるなら、近年の歴史研究がそうであるように、作られたルター像(制作フリードリヒ賢公、演出クラナッハ!)の力を見るべきかもしれない。その意味では、ルターというキャラクターは、M.マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』と重ね合わせられる、メディア史の古典的事例なのである。伊東四朗似の例のクラナッハのルター像といい、ヴィッテンベルクの城門の場といい、ウォルムス帝国会議での「帝国追放刑」宣告の場といい、チューリンゲン森での誘拐の場といい、ヴァルトブルク城での幽閉といい、彼の人生はメディア的な要素に充ち満ちている。そしてエンドロールに鳴り響く「神はわがやぐら」(賛美歌267番)。

あいかわらずクラシック音楽が好きな私としては、大バッハ『カンタータ80番』やメンデルスゾーン『交響曲第5番 宗教改革』といった「神はわがやぐら」が鳴り響く曲も好きだけれど、今はP.ヒンデミット『交響曲 画家マチス(マチウス)』を聞きながら、これらの問題を考えてみたい。たぶん画家マチウス・グリューネヴァルトはクラナッハと違う風にルターを受け止め、そこにヒンデミットは惹かれたはずだろうから。

 

 

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。

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神はわがやぐら:宗教改革500年に寄せて への1件のフィードバック

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    この記事を書いた後、折原先生の厳しいまなざしが目に浮かんで(先生とはそういうもの)、あわてて書架の奥から『ヴェーバー学の未来』(2005,未来社)を掘り出した。あらためて読み直してみると、第5章は『プロ倫』(最近は「『倫理』論文」と呼ばれることが多い)中の「ル(ッ)ターの職業観」の節を原文に徹底しつつ社会学的なアイデアを次々と引き出す、まさに折原知識社会学の精華ともいうべき内容で、ルターのオリジナリティについても原文から言い得ることの臨界まで迫っている。しかしそこから革命家ルターの全体的人間像にまで考察を進めることは、少なくとも私には難しかった。

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