こそばゆい引用:清水唯一朗『近代日本の官僚』を読む

学生指導の必要があって、清水唯一朗『近代日本の官僚』(2013,中公新書)を読んだ。論旨明快、資料豊富で、たいへん勉強になる好著である。というか、昔ぼんやり考えたことが、明快かつ詳細に実現しているのを見て、うれしくなった。

昔というのは、副田義也先生が90年代に熱心に取り組まれていた大霞会の『内務省史』を読む科研費(09301007)の研究会で、私が担当した部分がこれだったのである。2000年刊行の報告書には「内務行政と議会政治」という名のささやかな論説を載せてもらったが、その後研究会から脱落してしまい(どこでもそう、私の悪い癖)、副田先生の単著『内務省の社会史』(2007,東大出版会)、研究会の共著『内務省の歴史社会学』(2010,東大出版会)のどちらにも顔を出していない。ただ副田研究室の同人誌『参加と批評』3(2009)所収の「書評セッション」の書評者として言いたいことは全部吐き出したので、私自身は晴れ晴れとした気持ちである。

ところで、参考文献まで読み進めて不思議なことに出合った、第6章の文献のうちに拙著『群衆の居場所』が挙げられているのである。第6章は拙著の研究対象である都市騒乱への言及は最小限で、引用記号もない。一方で、これも不思議なことに、副田グループの研究、文献への言及、引用は皆無なのである。あとがきを読むと、著者の研究が本格化したのは副田研究室のプロジェクトが終わった頃だから、始めた頃は知らなかったということは十分あり得るが、何でも検索できる今どき、本を出すまで知らないということはあり得ない。

私は勝手に、副田グループの研究は評価しないが、中の中筋の研究だけは多少興味を覚えた。ただその研究を中筋は公刊していないので、単著をかわりに挙げて、その興味を示したということだと理解した。それで「こそばゆい」気持ちになったのである。

でも、著者にあえて申し上げたいのは、私の研究はこれ以上深める能力がないので、放っておいていただいて、副田先生のお仕事の大きさをぜひ積極的に評価していただきたいと思うのである。先生はあの独特のお人柄と文体なので、副田社会学のユニークさは同業者でもあまり分からないのではないか。でも、戦後日本社会学の1つの到達点として、改めて再評価すべきものと、私は確信している。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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