愛の書評、闘う書評:『社会学評論』32(4)の書評欄はスゴい!

皆は書評をどんな気持ちで書くのだろう。与えられた「やっつけ仕事」なのだろいか。それとも「学派」や「学閥」や「先輩後輩」間の駆け引き、政治なのだろうか。昔の大家の論文集には書評も収めることが多かったことを見るとら、もともとは書評も1つの独立した作品と見なされていたのかもしれない。格調高い東大出版会の『UP』や有斐閣の『書斎の窓』は、さすがに今でも大家然とした書評を載せている。しかしそれはそれで何か物足りない。たぶん「大家然」がダメなのだ。読まれる方と読む方が一対一の真剣勝負でなければ、読むに値する書評にはならないのだ。

そんなことを改めて考えたのは、研究室の資料棚に昔コピーした『社会学評論』32巻4号(1982年)を見つけたからである。何でこんな号をコピーしたのだろう、と疑って開けてビックリ。中野卓『口述の生活史』の書評を鶴見和子が、福武直『日本社会の構造』の書評を磯村英一が書いていた。スゴ過ぎる人選。

中身がまたスゴい。鶴見は何度もトマスとズナニエツキの『ポーランド農民』と対照させながら、『口述の生活史』が社会学の王道をゆくものであることを証明しようとする。その『ポーランド農民』がただの知ったかぶりではなくて、ハーバードの学生時代にていねいに読んだ感じが滲み出ているのである。

ちなみにR.ベネディクトの『菊と刀』を日本で最初に書評したのはたぶん鶴見で、その口吻は、中野へのそれと真逆の、冷ややかで怒りに満ちたものだった。両者の落差に、私はふと鶴見のなかの「女」を想像してしまう。書評にも、それはあっていいものなのではないか。

次は磯村の福武評である。何だか、ゴジラ対キングギドラみたいになってきた。冗談ではなく、磯村はその気なのである。15も年下の戦後社会学の帝王が官僚たちの造り出す政策に無邪気に関わっているという1点を、厳しく指摘する。磯村に言わせれば、福武が取り込まれている官僚制こそ、日本社会の構造なのである。その磯村こそは「宮仕え」の苦労を誰よりも知っていて(都知事になり損なって、都立大に島流し)、官僚と渡り合って、いわゆる「地域対策事業」を成し遂げた人なのだ。この書評は、磯村の「アウトサイダー」の血が騒いでいる。私はそんな磯村をこそ敬愛していたので、ただ一度会ったとき、郊外の豪邸で和服を粋に着こなして現れた磯村に失望したのだ。でもほんとうは、磯村の方が、北川隆吉先生のカバン持ちに甘んじている私に失望したのに違いない。

私は鶴見や磯村には遠く及ばないけれど、彼らのように書評を通して愛したいし、闘いたい。そんな書評を書いてみたいと切に思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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