それは社会学じゃないよ2:社会学的思考の基礎4

有斐閣の『書斎の窓』最新号の自著紹介欄で、大阪大学の友枝敏雄先生が学生時代の思い出話を書かれている。学部生時代にある先生に研究の相談をしたら、「それは社会学の研究ではないですね」と言われたというのだ。

おやおや、私のような生涯一ダメ社会学徒ではない、社会学の王道を行かれる友枝先生にもそんな時代があったのかと、ちょっとうれしくなった。それ以上に、たぶん友枝先生にも、私にもそうしたダメを出し続けた富永健一先生のことが懐かしく思い出されたのである(前便「それは社会学じゃないよ」参照)。それはそれで、他人には真似できない優れた学生指導の方法の1つだったと思う。

ふつうの秀才は、そう言われれば先生のいう真の社会学を一心に修得しようとするだろう。野心家の秀才は、先生をへこませるようなオリジナルの社会学を構築しようとするだろう。両者相まって社会学を深く広くするので、「社会学を愛してください」と学部の卒業式で私たちに語られた、富永先生の願いは遂げられるのである。

さらに私のような変人は、一生社会学とそうでない知の境界、あるいは社会学が立ち上がったり、崩れ去ったりする「臨界」にこだわり続けるが、それもまた1つの社会学の愛し方として、富永先生はよしとしてくださるのではないか。

で、デュルケムである。『自殺論』のあの冗長な第1編「非社会的要因」を、「非」にこだわって読み直してみよう。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の「新しい学問」, 読書ノート パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください