『グリーン・バイブル』を知っていますか?:社会学的思考の基礎5

もちろん社会学者なら皆知っているはず。シカゴ大学のR.E.パークとE.W.バージェスが編集した『社会学という科学への入門』(1921)の愛称である。

近頃わが国の一部の社会学者たちが、社会学にはいい教科書がないとか、そもそも社会学は教科書に向かない学問だとか、おかしなことを言っているので、そんなことはないだろうと思って、自宅の書架から引っ張り出して読み直してみた。100年前の、草創期のものだけれど、堂々たる、否むしろ野心的、革新的な教科書である。

私がはじめて『グリーン・バイブル』を知ったのは、修士論文を書いているときで、近代日本の都市騒乱事件を、マルクス主義歴史学でなくアメリカ集合行動論の枠組みで描き直そうとして、さて「集合行動」という概念はどこから始まったのかなと調べてみて、行き当たった。行き当たった途端、「シカゴ学派都市社会学」という、それまでの偏見が吹き飛んだ。それは「アメリカ社会学」そのものの出発点だったのである。ただ、ていねいに読んだのは就職してからで、M.ジャノヴィッツによる1969年の改訂第3版である。

各章の頭に鍵概念とその学説史の解説論文を置き、代表的な先行研究のリーディングスが続く。章立てと概念の並びを追っていけば、おのずと理論体系が頭に入る組み立てだ。その章立てがすばらしい。まず「社会学と社会諸科学」、いきなり「人間性か、リヴァイアサンか?」と問題提起する。「ホッブズ問題」の源泉だ。続く「人間本性」と「社会と集団」で、科学としてのダーウィニズムの導入を宣言する。後は一気呵成に社会学概論だ。「孤立」「接触」「相互作用」「社会的圧力」「競争」「紛争」「調整」「同化」「統制」「集合行動」ときて結びは「進歩」だ。

最初に読んだときは、「集合行動」だけつまみ食いしたので気づかなかったが、読み直してみると、「集合行動」はすでにマクロ社会変動の核心の位置を与えられてい、かつメディア公共圏との関係を含み込んでいる。H.ブルーマーやS.ストウファーはこの教科書で学んだのだ。

それ以上に今回驚いたのは、この教科書の同時代性である。少なくとも4つの点に驚かされた。第1点は最新の社会学理論がデュルケム(とジンメル)であること。「(宗教生活の)基本形態」(初版は1912年、英訳は1915年)概念が多用され、デュルケムと『社会学年報』だけでなく、F.ボアズやW.H.R.リヴァーズといった文化人類学の最新のモノグラフが参照される。ただし『アルゴノーツ』と『アンダマン海島民』まではあと1年だ。逆にウェーバーはというと、「カテゴリー」(「根本概念」ではなく)論文が挙げられているが、1923年の第2版で追補されたもののようで、ごく軽い扱いである。第2点は、I.W.トマスの「4つの欲求(wish)」(まだマズローの欲求(need)の5段階ではない)の裏付けに、フロイト学派(フロイト、ユング、それにアドラー!)が援用されていること。アメリカンサイエンスのフロイト受容のインパクトの何よりの証拠だ。第3点は、社会変動の理論として、H.ベルクソンの「生の跳躍(エラン=ヴィタール)」を挙げていること。ライバルであるデュルケムとの対照が非常に面白い。第4点は、社会変動の事例として、アメリカのリバイバリズムとロシアのボルシェビズムを挙げていること。ロシア革命は現在進行形だったのだ。これらは皆20世紀第一四半世紀の新しい潮流であり、それに棹さした教科書なのである。

教科書を作りたいなら、パークとバージェスがやったようなことをやればいいだけの話である。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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