「心に響く」社会学とは:社会人大学院ゼミの同窓会での気づき

4月で18年目になる社会人大学院のゼミの修了生が集まって勉強会と懇親会をやるので、出席した。勉強会の方は、研究者になった2人の方の研究報告の後、余興で私が古市憲寿『古市君、社会学を学び直しなさい!!』(2016,光文社新書)の書評をやった。

そのなかで、私が「この本に出てくる、私のよく知る先輩、同輩たちの社会学はどれも『子どもの遊び』のように感じられる」と言ったら、出席者の一人が、「私にとって社会学者の言葉は『心に響く』ことが多い。さらにその言葉がしっかりした学問に裏付けられていることが魅力だ」と異見を述べられた。私はハッとして、「例えば上野千鶴子先生とか・・・」と水を向けると、彼女は「そうですね」と答えた。そのとき、私は目の前の風景がガラッと変わるような気がしたのである。

まず言い訳をしておくと、「子どもの遊び」は言葉足らずで、今省みれば「のび太の私からみたスネ夫のラジコン」というべきだった。よくも悪くも大人になった私は、もうどんなに高価で精巧でもラジコン(見田宗介先生)を買わないが、童心に帰れば、それは羨望、嫉妬の対象以外の何ものでもない。スネ夫の方もそれが狙いなのである。さらに脱線すれば、私のドラえもんは、未来ならぬ過去からやってきて、スネ夫の知らない骨董品(古典)を出してくれる、故北川隆吉先生だった(容貌もソックリ・・・北川先生ごめんなさい)。

上野千鶴子先生のエッセイでも専門的研究でも、私はほとんど「心に響いた」ことがない。というか、私は社会学も他の学問も「心に響く」ものとして読んでこなかった。もちろん、良質な社会学書が描き出す社会の真実と深刻さに惹かれることはある。あるいは描き出す社会学者の知的廉直やアイデアの奇抜さに憧れることはある。しかし、「心に響く」ような親密さを学問から得ることはなかったし、期待してもこなかった。ただ、もしそうしたことがあるのなら、大多数の読者にとって、たしかに社会学には他の学問にはない魅力があるといえるだろう(半世紀前までなら哲学だったかもしれない・・・)。

知っていると思い、教えてきた社会学が、実はぜんぜん知らないかたちで社会に流通してい、私はそこに関わっていない(多少は関わっているかもしれないが、本人はそう思っていない)。それは新鮮な驚きだった。ただ、この「心に響く」社会学の存在にうっすらと気づいたことはあった。それは川合隆男先生に機会を与えていただいて、清水幾太郎の評伝「現代社会学の先駆者の栄光と困難」を書いたときである(川合・竹村編『近代日本社会学者小伝』1998,勁草書房)。そのとき清水の自伝の中に「社会学を熱狂的に見出した」という言葉を見つけて、大学1年のとき折原浩先生先生の大教室の講義をその一番後ろで居眠りしながら聞いて社会学を知った私は、「熱狂的」という言葉の強さにギョッとしたのである。そのときは、「そんな社会学、ダメなんじゃない?」と思って「困難」と書いたのだが、「栄光」のほんとうの理由を突き詰めることをしなかった(その後清水幾太郎論がたくさん出たので、私はほとんど読んでいないけれども、きっと解明されたにちがいない)。

「心に響く」社会学というのが、日本の昭和後期のガラパゴスな現象なのか、それともグローバルでヒストリカルな現象なのか、それ自体が知識社会学的な問題である。またそうした現象があるとして、「心に響く」メカニズムをどう社会学的に理解すればいいのか、これまた興味深い。そんな先まで考えていきたいけれども、やはり私は「心に響く」より「頭に響く」社会学の方が性に合っている。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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