実践の社会理論とは:山本馨『地域福祉実践の社会理論』に寄せて

山本馨『地域福祉実践の社会理論』(新曜社,2018)を出版社より恵贈された。山本氏は私たちの社会人大学院の修士課程を修了した後、上智大学の大学院で、福祉社会学の第一人者藤村正之先生の下で学び、博士号を取得した。その博士論文である。大学院に入学から現在に至るまで本職の県庁職員をやめず、また表千家の茶道教授でもあるというだけで、研究を続けることに注がれた努力の大きさが想像されよう。内容も、著名な宗教思想家が「読んでいて胸が熱くなる研究書」と帯で激賞しているとおり、福祉分野に限らず、大きな知的インパクトを与える可能性を持っているにちがいない。

私は、彼が私たちの大学院にいたときの最初の1年間だけ指導し、また博士論文審査の副査でもあり、さらに新曜社に出版を斡旋したので、公平な書評子とは言えない。この本についていま語れることは、ただ1点だけである。それは「実践の社会理論」とはどのようなものであり、どのような可能性と課題を持っているのだろうか、ということである。私は、師匠の似田貝香門先生の熱心な指導にも関わらず、ついにそうしたセンスを持つことができなかった。だから、その点をこの本を通して考え直してみたいと思うのである。

私たちの知る社会学者のなかで、この問題に一番熱心に取り組んだのは、『人間解放の理論のために』(筑摩書房,1971)から『気流の鳴る音』(筑摩書房,1977)に至る、見田宗介(真木悠介)先生だろう。しかしオウム真理教事件の後、その取り組みを素直に受け取ることは難しい。似田貝先生は阪神淡路大震災復興への関与以降現在に至るまで一貫して実践の研究に取り組まれているが、私にはそれは社会理論というより倫理思想であるように思われる。福祉実践という点で、この20年間一番精力的に取り組んできたのは立岩真也先生だろう。しかし、立岩先生のお仕事も、社会理論というより「今私はこう考えている」といった思考上の実践の色が濃い。もちろんそこが立岩先生の魅力なのだが・・・。

この本の独特なのは、そうした身近な日本の先行研究でも、また社会運動論のような「いかにも」な研究でもなく、どちらかといえば静態的な古典の検討を通して「実践の社会理論」を構築しようとしているところである。このギャップがこの本の評価の分かれ目となるのではないか。

この本が現場志向の若い福祉社会学者たちや、現場で苦心している実践家たちにどのように受け入れられるのか。その過程は「実践の社会理論」という営み一般の可能性と課題を示唆することになるにちがいない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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