紙魚のごちそう:成城大学柳田文庫を訪ねて

紙魚(シミ)のごちそうは書庫の奥にしまわれた古本である。五月晴れというよりもう盛夏といっていい土曜の快晴の朝、私は成城大学柳田文庫を訪ねて、窓のない書庫を巡り、古本を開いて満腹した。

一応目的は授業の準備で、社会調査法でB.K.マリノフスキの『西太平洋の遠洋航海者』(1922)を取り上げるとき、前からその序章が、柳田国男の『郷土生活の研究法』(1935)とそっくりなことが気になっていたので、それを確かめるために訪れた。たぶん柳田は『遠洋航海者』を読んだのだ。それもていねいに、深刻に。でも何時、どのように? 柳田はジュネーブの国際連盟に、委任統治領(いわゆる南洋群島)委員として毎年赴任していたから、そのときどこかで出たばかりの『遠洋航海者』を買って、持ち帰って、有賀喜左衛門や田辺寿利ら、雑誌『民族』同人の若者たちと読んだにちがいない。

柳田文庫はいうまでもなく柳田が生前に成城大学に寄託し、死後遺族から寄贈された彼の蔵書である。書庫は彼の書斎のならびのママに並べられているが、興味深いのは『古書類従』の棚ではなくて、洋書の棚だ。〇貴のマークが付されているのは、柳田自筆の書き込みがあるという。一緒に借り出した、E.デュルケムの『宗教生活の原初形態』もA.ラドクリフ=ブラウンの『アンダマン海島民』も、どちらも初版だが書き込みはない。読んだ形跡はあるが、それが柳田本人か、雑誌『民族』同人の若者たちかは分からない。翻って『遠洋航海者』は〇貴マーク付きで、開くとたしかに神経質な柳田の字と記号がところどころに書き込んである。ただ、驚いたことに、またうれしい誤算だったが、私が予想した章でない章に、私が予想した書き込みでない書き込みがあった。「盆」と少なくとも2ヶ所に書き込んでいたのである。クラ(『遠洋航海者』たちの交易航海の名)と盆か! 柳田は何を妄想しながら、この本を読んだのだろう。

もう1つの収穫は、W.I.トマスとF.ズナニエツキの『ポーランド農民』(1918~20)が、これも初版で収蔵されていたことだ。時間がなくて柳田が読んだかどうかを確認することはできなかったが、この、真の意味での現代社会学のはじまりの書を、柳田が押さえていたことを、私たち社会学者はもう少し反省した方がいいと思った。

次に訪れることができたときには、『社会学年報』揃と、W.ブント『民族心理学』揃を心ゆくまで味わいたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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