君は東大生らしくないな:下田直春先生の思い出

学部学生の頃、親友に勧められて読んだ本を、市の図書館で借りて30年ぶりに読み直してみた。橋本治『蓮と刀』という本である。読んでいると、学部学生の頃のことが思い出されてきた。

学部3年生、社会学科に進学したての私が受講した授業のひとつが、立教大学から出講されていた下田直春先生の理論の講義だった。九州島原男児の下田先生は、毎回授業が終わると私たちを酒に誘い、楽しい交流の時間を作ってくださった。

授業で下田先生が話されたことで今覚えているのは、2つだけである。1つは、君たちが富永健一と吉田民人という日本を代表する機能主義社会学者の2人から学べるのは、すごくぜいたくなことなんだという話で、その時はそんなものか、と思ったが、今省みると確かにその通りだったと思う。もう1つは、今僕の早稲田の後輩たちが皆A.シュッツの現象学的社会学に入れこんでいるのだが、僕にはよく分からない。でも後輩たちの熱意を多として、僕も勉強していきたい、という話で、当時やっと読んで分かった本がP.L.バーガーの『社会学への招待』だった私は、これもそんなものかと思ったが、今省みると、これまた重要かつ真摯な指摘だったと思う。今もどこかで、私は下田先生を手本にしたく思っている。

その下田先生が飲み会の席で私にこう言われたことがある。「君は東大生らしくないな。君のような学生は、早く社会に出て、うちのような大学の女子学生と家庭を持った方がいい。」下田先生は真面目にそうおっしゃった。私はすぐに反論しなかったが、心の中で「それではサラリーマンの親父と変わらない人生になって、つまらない」と思っていた。それに私は典型的な非モテ男なので、先生の大学の女子学生と仲良くなることなどあり得ない、と思っていた。

結局私は大学院に進み、同じ研究科の女性と結婚した。下田先生は私たちを祝福してくださり、駆け出しの頃、何度か両方の研究上の便宜を計ってくださった。だから急逝されたとき、私たちは二人で葬儀に参列したのである。

『蓮と刀』を読むと、何とも言えない東大臭がして、うんざりする。最初に読んだときは親友の手前最後まで読んだが、今回は半分も行かないうちに投げ出してしまった。そのとき下田先生の言葉が思い出されたのである。「君は東大生らしくないな」。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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