連載「『美しい国』の構造分析」終わる:補足したいことなど

縁あって、「幻冬舎ルネッサンスアカデミー」というウェブサイトに連載していた、「『美しい国』の構造分析―日本農村社会学再考」全6回が6月15日で完結した。はじめての連載だったので、面白く盛り上げたり、緩急を付けたりはできなかったが、学会誌のような正規のメディアでは発表できない、時代錯誤な話題を書くことができて、満足だ。

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連載は終わったが補足したいことが何点かあるので、この場を借りて書いておきたい。1点目は、安倍晋三首相のいう「美しい国」という言葉と、この連載との関係である。彼の「美しい国」論は、社会の構造(「この国のかたち」)の掘り下げが不十分なように思われたので、その点を日本農村社会学を通して考えてみたかったのである。ただし、彼が「美しい」という中身はおそらく2つで、1つは家族の価値を守る国民の美俗、もう1つはそうした国民を包み込む自然環境の美観であり、両者はなぜか結びついているのだ。倫理と環境の「融即」(本来別々の概念を混同する未開人の思考を意味する、古い社会学の言葉)は、和辻哲郎『風土』の得意の論法だ、だからその当否は、和辻の批判的検討を通してこそ追究されなければならないだろう。

2点目は、日本農村社会学はほんとうに過去の遺物に過ぎないのか、中筋が取り上げなくても、今も日本社会学のなかにちゃんと息づいているのではないか、という疑問である。隣接分野の日本史学や民俗学、経済史学から忘却されたことはほぼ確実だが、孫子の代の社会学ではどうだろう。鈴木、有賀、福武のうち鈴木は、首都大学の山下祐介先生や、岐阜大学におられた故山崎仁朗先生が再評価を主張されている。お二人とも都市社会学者の弟子筋で、私の議論とは真逆なのが興味深いが、それでも少しは息づいていると言えるかもしれない。福武については、このブログの前便で記したように、東大駒場の瀬地山角先生の東アジアのジェンダー比較研究(『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』勁草書房、2017)が一番の後継者だと思われる。ただし瀬知山先生はそう意識されていないだろうし、たぶんそうした評価は迷惑だと言われるだろう。だから、息づいているとは言えない。

有賀が、私には一番厄介だ。その象徴が、有賀社会学の継承者と自他ともに認めていた中野卓(1920―2014)の仕事をどう読むか、という問題だ。1990年代に突如リバイバル・ブームとなった『口述の生活史―或る女の愛と呪いの日本近代』(御茶の水書房,初版1977,増補版1995)は、結局、矮小化され、マニュアル化された調査技法としての「ライフ・ヒストリー(生活史法)」を残しただけだったように思われる。しかし、それはもともとはイエ社会の臨界点(核分裂のように、そこから先はただ崩壊し続けるしかない点)を捉えるという理論的企図を持った研究だったし、さらに先生の日本社会学会会長就任講演の題名の通り、「個人の社会学的研究」という、集団本位的なイエ社会論を個人本位に脱構築する企図さえ含み込んだ研究だったのだ。そうした理論を実証する方法として、はじめて「ライフ・ヒストリー」は役に立つのである。

もっとも、中野先生がどれくらいその点に反省的・批判的に取り組まれていたか、私はあまり信頼を置いていない。何といっても、私には、(半世紀も年上の)中野先生は甘えん坊の京都のボンボン(次男坊)に過ぎなかった。北支戦線の野砲(敵から奪った中古品)部隊を率いて、一人の戦死者も出さずに逃げおおせた中野隊長はたしかにスゴい。でも、学者としての中野先生は、異質な同学とフラットに交流するフランクさをあまりお持ちでなかったように思われる。「どうだ。本当は俺はスゴいだろ」みたいなところばかりが鼻についた。まあ、これは同業の連れ合いが気に入られていたことへの、夫としてのヒガミかもしれない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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