こんな夢を見た2:ハラスメントを追体験して

草木も眠れぬ尾張名古屋の熱帯夜、病後はじめて、うつ病のトリガーとなったハラスメントの現場の夢を見た。もちろん夢なので、場所は現実とちがって今はなくなった教授会室の隅で、現実通り敵手に好き放題非難させた後、現実とちがう私は「そんな馬鹿な屁理屈ばかり捏ねているから、いつまでたってもロクな論文も書けないし、教授にもなれないんだよ」と、大声で反論をしている。しかし反論しながら、「こんな反論しても意味ないな」と悲しくなったところで、目が覚めた。

意味のない他人の命令に、意味がないほど従ってしまうのが私の宿痾だ、という話は前に書いた。できるだけそれを避けるために、他人の言うことに意味のありそうな職場を求めたが、どこへ行っても意味のない他人の命令から逃れることはできない。意味のない命令で他人を従属させることを好む人からすれば、私はまったくのカモだ。こうした病的な世界像を変えない限り、結局私にとって世界は意味のない命令の集積体でしかなくなり、そこから独り出ていくしかなくなってしまうだろう。事実出て行きかけたのだ。

こんな夢を見られるようになるだけ、私の病的な世界像は緩んだのかもしれないが、まだ病的な構造を変えることはできていない。夢から覚めても今も、どうすれば変えられるのか、見当もつかない、のは、まだ変えたいと心底思っていないからだろう。病的な世界像に縋っているからだろう。

もう50も過ぎて、早晩病気で死んでしまうかもしれないし、今さら別人にはなれない、なる努力は無駄なような気がするけれど、でも、やはりそれではつまらない。もう少し七転八倒して、別の私に進む途を探してみたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 墓場まで持っていかない話, 私の心情と論理 パーマリンク

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