テストの話:井上健治編『テストの話』を読む

春学期(2期制の前期)のテスト期間中だからと言うわけではないが、アマゾン古書で手に入れた、井上健治編『テストの話』(中公新書、1970)を読んだ。なぜこんな古本を、というと、社会調査法の授業で因子分析の概略を教えるための資料集めで偶然発見したのだ。手に入れたのは初版で、その後どれくらい版を重ねたのかは知らない。

社会学者として、この本が面白いのは、受験戦争が構造化し、さらに就職活動まで戦争化しつつある時代に、積極的に関与した感じが漂うからだ。5人の著者は、当時40代前後の気鋭の教育心理学者たちで、皆東大教育学部教育心理学科卒である。ちょっと統計学をかじった者なら、池田央、芝祐順と著者名を書けば、この本のレベルに想像がつくだろう。

この本のもう1つ面白い点は、元々が「人材開発に関する雑誌『リクルート』」に掲載された原稿が元になっており、また中で使われるデータも「日本リクルートセンター」によるものが少なくないことだ。「リクルート」っちゅうのは、いったいどんな会社なのか?。新聞の経済面を何年見ていても、ちっとも分からない。トヨタならいくらでも特集されるのに。その産声というか、孵卵器がどんなものだったか、この本は教えてくれるような気がするのである。少なくとも私にとって、「リクルート」は、「オウム真理教」と同じくらい、昭和末期、バブルの臭いのする言葉だ。

そうそう、懐かしかったのは編者の名前である。私は大学2年の時、彼の教育心理学を履修した。教員免許の必修科目だったからである。だが、大教室の雰囲気は非常に悪く、途中で出入りした学生を摑まえて怒鳴りつけたりするのだが、それがいかにもつぶしのきかない文学部進学者の「生殺与奪」を握っている感じで(私の高校の校長先生は、大学教授になりたいという私に、「絶対無理だから教員免許だけは取っておけ」と言った。拾ってくれるつもりだったのだろう)、嫌になった私は授業に出るのをやめてしまった。その結果、教員免許は取れなかった。まあ、今となっては「退路を断った」と見得を切れるかもしれない。

今は『テストの話』も勉強として素直に読めるが、元来テストをするのもされるのも大嫌いである。飯の種なので仕方なく夏冬毎回数百人の点数をつけてきたが、できれば問題も作りたくないし、採点もしたくない。でも、そんな「中二病」みたいなことばかり言わないで、退職までにはちゃんとテストに取り組めるようになりたい。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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