メディア史のなかの都市騒乱:桜井清香『米騒動絵巻』をめぐって

低迷しているからこそ、勉強だ。というわけで、前から約束していた名古屋市蓬左文庫を訪問した。先日徳川美術館との共催で、「タイムスリップ1918 大正の名古屋 米騒動絵巻に見る100年前のモダン都市」展が開催された際、展示された『稿本 米騒動絵巻』がたいへん興味深かったので、担当学芸員の木村慎平氏にお話をうかがうべく、訪問したのである。

ちなみに蓬左文庫は、初代尾張藩主義直が父家康から譲り受けた3000冊(!)の和漢籍が元になっている、名古屋城と表裏一体の(武芸と文芸)、この都市の象徴なのだが、私も含め、今の市民に城ほど愛されているわけではない。

『米騒動絵巻』は、徳川美術館で文化財の模写にも携わった画家の桜井清香(1895-1969)が、1918年8月の名古屋市中での米騒動を事件直後に絵巻3巻に描いたものである。私は『群衆の居場所』の研究中、名古屋と東京の事件の共通性に気づいたものの、当時は土地勘がなかったので名古屋についてはまったく調べず、この資料にも気づかなかった。今回の展示で、はじめてその全容に接したのである。絵は中世絵巻に倣いつつ、鶴舞(つるま)公園やいとう松坂屋前の、夕涼みの群衆が暴徒化し、路面電車は立ち往生、交番は破壊され、名古屋駅東の米穀取引所に向かったところで警官隊と衝突し、軍隊が制圧、最終的に東別院(本願寺)門前での米の廉売行列で終わるという、実に整理、要約されたストーリーで描かれている。木村氏の推測では、直接の見聞に加え、当時の新聞報道も援用したのではないかとのことだが、私もその通りだろうと思った。群衆の往来する大通りには、ビールの看板はじめさまざまな商品、商店が描き込まれていて、「ほら、俺の本の通りだろう」と、ちょっと自慢したい気持ちである。

しかし、この絵巻の本当の価値は、私の本を超えたところにある。つまりそれは、絵巻という伝統的様式を使って現代の事件を描くという、メディア史的にきわめて独創的な試みなのである。冒頭にかなり長い詞書を添え、要所要所に「ト書き」を書き込み、複数の事件をひと筋のストーリーに編み上げ・・・、だから私たちはこの絵巻を、『洛中洛外図屏風』を読む黒田日出男先生のように、メディア・テクスト(小林直毅)として読まなければならない。

私には、この絵巻の一番の見所は第1巻第2面冒頭に描かれた1人の紳士で、ト書きには「松井知事ハ毎夜出歩いたそうな」とある。松井知事とは松井茂のことで、彼は日比谷焼打事件の警視庁の警備責任者、無差別抜刀の不手際を帝国議会や東京市会で糾弾され、左遷された人である。その彼が妄執のように事件現場を徘徊していたなんて、まるで都市伝説だ。

訪問では絵巻だけではなく、木村氏自身の名古屋市史の研究もうかがうことができて、これまた勉強になった。今後の展開が楽しみな若手歴史家である。

最後に観光情報を。徳川美術館に行かれるなら、ぜひ隣接する料亭「宝善亭」で「信長御膳」を食べることをお勧めします。信長が光秀に家康を接待させた膳(本能寺事件の直前)を模したものですが、そうした言われを知らなくても美味しいです。要予約。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の「新しい学問」, 私の名古屋メシ, 見聞録 パーマリンク

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