『沈黙』の崖を訪ねて:続・長崎旅行

先便で取り上げたM.スコセッシ監督の映画『沈黙』のロケ地への違和感を確かめるために、長崎県外海(そとめ)地方を訪ねたのだった。

子どもの頃、NHKテレビシリーズ『未来への遺産』で見たフランスのモンサンミシェル(旧)修道院は遙か世界の果てのようだったが、今ではパリから高速バスで日帰りツアーである。外海の村々も長崎空港からいい道をのんびり走って1時間あまり、こちらも、名古屋からも東京からも日帰り圏である。

写真は大野教会、あとで取り上げる志津教会の下にある巡回教会で、崖に貼り付いた集落の上端にある。世界遺産のサイトに外観のみ見学可とあったのに開いていて、おかしいなと思っていると、別の見学者が現れた。高齢の聖職者である。この人のために開けたのだろう。話を聞くと、沖縄の普天間基地のすぐそばの教会の司祭さんだそう。こちらが名古屋から来ただと言うと、「名古屋には若い頃一緒にローマで学んだ友人がいます」と言われた。この人がヴァチカンで学んだ頃、第2公会議の前、すべてがラテン語の生活、荒廃した戦後のイタリア。そして赴任したのは、復帰前の、ベトナム戦争中の沖縄の、基地の前の教会・・・。つかまえてずっと話を聞いていたい職業根性が頭をもたげたが、グッとこらえて別れを告げた(その後の旅の間に、なぜか2回も出合った)。

次は志津教会、これも集落の上端にある白い聖堂である。こちらはウェブで見学予約。早く着いたので、開けてある堂内を見ていると、「昼飯ば、とりよりました」と教会守の方が現れた。私たちのために教会の扉をすべて開いてくださると、堂内に海風がいっぱいに入ってきて、地中海の教会のような(行ったことないけど)解放感である。ていねいな説明は標準語だが、会話になるとまことに美しい長崎弁で、聞き惚れた。私はもう美しい故郷の言葉を話すことができない。帰り道の坂を下りていく私たちを何時までも見送ってくださって、子どもは感動していた。

その次は、私と同じく、美しい故郷の言葉を持たない大作家、遠藤周作文学館である。集落から離れた崖の突端に建ち、東シナ海が一望できる。代表作の舞台とはいえ、長崎人でない遠藤がここを自分の文学館の地に選んだのはなぜだったのだろう。展示はきわめて真面目なもので、遠藤の生前を知らないだろう、熱心な若い来館者が途絶えない。しかし、私はどうしても「雲谷斎孤狸庵」のイメージが強すぎて、吹き出してしまう。「カバは神経質な動物です」とか「好きなものこそ上手なれ」とか・・・。

実はこの旅行の目的にはアカデミックなものもあって(遊びじゃありません!)、今芽生え期にある研究テーマに遠藤の一連の作品が関わるような気がしたので、そのことを旅をしながら考えたかったのである。しかし結局「雲谷斎孤狸庵」のイメージを消し去ることができなかった。

この旅行、もちろん不真面目な目的もあって、それはまた次回に。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 未分類, 私の「新しい学問」, 見聞録 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください