ささやかながらとてもうれしかったこと

子どもが小さい頃、同業者夫婦で学会出席となると、仕事をずらして片方が子守をしたが、一度だけ両方重なったことがあって、学会が斡旋するベビーシッターを利用した。10年くらい前だったか、仕事が終わってシッタールームに駆けつけると、私たちよりずっと若い、たぶん院生同士だろう夫婦が迎えに来ていた。会釈だけで名前も聞かなかったのだが、ぞの後ずっと気になっていた。あの二人はその後博論を書けただろうか、常勤の仕事につけただろうか。離婚せずに、子どもさんも元気に育っただろうか。

こんなお節介なことを考えたのは、省みれば自分たちの不安の投射に他ならなかった。私の身近な先輩には、先便で言及した矢澤修次郎・澄子先生をはじめ、夫婦学者で仕事も家庭も立派に営まれた方が多い。でも、抵抗はまだまだあって、面と向かって「お前の人生選択は間違っている」と断言する先輩や(俺は正しいとか言ってません!)、「奥さんの就職の世話はしないからね」と断言する指導教官(お願いしますとか言ってません!)にめげながら、何とかやっていた。でも本当は、そうした外圧以上に、自分自身の弱気や臆病や甘えと闘うのが一番大変だったと思う。結局、私たちは仕事も家庭も、「まあ、やってきた」程度のことしかできなかった。とくに私は、子どもたちが巣立ちの一番大事なときに、仕事でしくじってうつ病になり、ちゃんと後援してやれなかった。

昨日ある研究会で、報告者の方が挨拶に見えられ、「昔ベビーシッターでお会いしたことがあるのですが・・・」と言われて、私は胸がいっぱいになった、「ああ、あなただったんですか!」。彼は今一番いい仕事をしている中堅の1人である。パートナーの方も仕事を続けられ、お子さんも元気に大きくなられた様子。研究会自体も非常に勉強になって楽しかったのだが、それを大きく超えて、この一言が私には一番の収穫だった。俺は仕事も家庭もちゃんとやってきた、という満足感ではもちろんない。うまく言えないのだが、こうしたとき、自分が現実の中にしっかり埋め込まれていることを実感し、病気をして以来、ともすると現実から剥離してしまいがちな私の心を現実に引き戻してくれるように思うのだ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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