栗拾いの思い出と今

今年も豊田市香嵐渓の「みたち栗園」に栗拾いに行った。家族4人で198個。袋はいつもの大きさだから、粒が大きかったのだろう。夕食はいつもの通り、栗を奢った栗ご飯。

最初の栗拾いは、名古屋に越して最初の秋、下の子はまだよちよち歩きだった。それが今回、栗ご飯の下ごしらえでは、子どもたちが淡々と栗を剝いている。15年の時間の流れを感じた。

お父さんの方は、いつも栗を剝きながら、自分の子どもの頃、丹波篠山の本家から晩秋に送られてきた栗の味を思い出している。目の前の栗は拾いたてで、選んで拾っているので、虫食いはほとんどないが、送られてくる栗は虫食いだらけだった。でも虫が食うだけに甘かった。今の栗も十分に甘い(拾いたては甘みより旨味で、冷蔵庫の中で時間が経つと甘くなってくる)が、思い出のなかの栗が一番甘い。

今回面白かったのは、栗園の駐車場にポルシェ(マカンとかいう奴か、1000万くらいするのか?)がいるのを見た他所の若いお父さんが、涎が出そうな声で「ポルシェ・・・」と嘆息していたことだ。車も運転も嫌いな私には分からないが、名古屋豊田の地では、もっとも健全な男の欲望といえるかもしれない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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