それは君の問題だろう:中西洋先生に教わったこと

今の職場に移った頃、隣の研究室は社会政策学の中西洋先生だった。中西先生は東大を退官された後、新潟大学を経てうちに来られたのだと思う。定年が早かった頃の大先生の典型的なキャリアパスだった。中西先生は想像通りの大先生で、修士論文の判定会議で故舩橋晴俊先生を、「君の学問(観)は間違ってるよ」と一喝されるくらいの大きさだった。私はおそれをなして、いつもおっかなびっくり挨拶していた。

あるとき、偶然にも中西先生に面とむかって質問できるチャンスが到来した。私は勢い込んで、「戦後日本社会を考える上で、『サラリーマン文化』が何だったのか、詳しく検討しなければならない」と自説を主張した。すると中西先生は即座に、「それは社会の問題ではなくて、君の問題だろう」と、やはり一喝された。私は返す言葉を失い、そのとき先生を取り囲んでいた同僚たちの中にずるずると引っ込んでしまった。

確かに、私は典型的な大卒サラリーマンと専業主婦の息子で、しかし同世代でもそうでない友人知人はたくさんいるのだから、先生の言われるとおり、それは私の問題であり、問題であると思うなら、まず自分の問題として解決しない限り、社会の問題として正しく捉えることはできない。しかし・・・。

私の問題ではない社会の問題などあるだろうか。私を棚上げして社会の問題を考えるのは、結局社会も捉え損なうし、それに荷担している私も社会の問題から免罪してしまうのではないだろうか。私の神棚ならぬ本棚に棚上げされている、先生の三菱長崎造船所の大部の研究の背表紙を見るたびに、そんなことを考えるのである。

先生のご教示を、「自分の問題と社会の問題のズレに敏感であれ」と受け止めた上で、私は自分の問題から社会の問題へと考えを進めていく手続きとして、社会政策学ではない社会学の存在理由を見出したい。そして、考えなければならないのは、自分の問題を社会の問題とつなぐ「方法の問題」(サルトル)だ。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 尊敬する先輩たち, 私の「新しい学問」 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください