フォルテピアノが歌う部屋:バドゥラ=スコダのシューベルトソナタ全集を聴く

久々に心に沁みる演奏=ディスクに出合った。オーストリアのピアニスト、パウル・バドゥラ=スコダの弾くシューベルトのピアノソナタ全集。楽器は現代ピアノではなくシューベルト時代のフォルテピアノで、ピアニストのコレクションだそう。

はじまりがまるで朝ドラのテーマ曲のようで、思わず散歩の時に鼻歌で歌ってしまう12番も、フォルテピアノの音で聴くと、まったくちがう味わいだ。たぶん家具調の楽器だけでなく、弾いている部屋の大きさも関係しているちがいない。大ホールに鳴り響く巨大なスタインウェイでは、どんな風に弾いても、シューベルトの「親密な」音楽には近づけないのだろう。楽器の写真を見るとペダルが6つも付いていて、どれをどんな効果に使うのか分からないが、今まで聴いたことのない音の引っ張りや切り捨てを随所で聴ける。

聴きながら、余計なことを考えてしまう。私たちの社会は「大ホールで巨大なスタインウェイ」の方に進みがちだし、それが当然だと思いがちだけれど、「小さな部屋でフォルテピアノ」もどっこい残っていて、いつでもそちらに転轍できる。必要なのは「小さな部屋でフォルテピアノ」を記録し、保存し、忘れないことだ。

と書いていると、演奏は20番に進んだ。この曲を聴くといつも、小学生の頃読んだベートーヴェンの伝記の挿絵を思い出す。死の床にあってもう話せないベートーヴェンと、尊敬する人の前で緊張してひと言も話せないシューベルトのただ1回の出合い。でもシューベルトのピアノソナタを聴けば、2人はちゃんと対話し、つながっていたことが分かる。とくにこの20番を聴けば・・・。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to フォルテピアノが歌う部屋:バドゥラ=スコダのシューベルトソナタ全集を聴く

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    シューベルトのピアノソナタを何番と呼ぶのは不正確だそうだ。本文の12番とはD664、20番とはD960である。またこれら2曲の楽器は4ペダルのコンラート・グラーフというフォルテピアノだ。6ペダルのは、ネット動画でモーツァルトのトルコ行進曲を検索すると見られて、太鼓とシンバルが内蔵されているようだ。昔ノリントン卿がN響にベートーヴェン当時の陣太鼓のようなティンパニーを特注させた時、「それが時代の音だ」と言っていたが、確かに「戦争と平和」の時代の音なのかもしれない。

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