借金研究の第一人者:D.グレーバー『負債論』を読む

連れ合いがNHKを見ているのを、横で雑用をしながら聞いていたら、「借金研究の第一人者」という紹介があって、「そりゃ変わった経済学者だな」と思ったら、「ディヴィッド・グレーバーさん」と名を告げたので、思わずズっこけた。いくら何でも「借金研究」はないでしょう・・・。もし本人がそう自己紹介したのなら、いいジョークではあるけれど。

先便でも取り上げたLSEのマリノフスキー講座の人類学教授グレーバーの『負債論』、すごい分厚い本だけれど、ハズキルーペがいらないくらい活字が大きく、邦訳者が工夫されたのか訳文も平易で、すこぶる読みやすい。公共図書館で借りて、日曜午後の読書にお薦めである。

しかし、この本の真価は、私には文化人類学の学説史に深く忠実なところだと思われる。オキュパイ運動のリーダーでアナーキストと紹介されることが多いが、学問的には非常にトラディショナルな人だ。先生は『石器時代の経済学』のM.サーリンズ。

まずテーマが、著者が明記するとおりM.モースの『贈与論』(前から言っているけれど「論」はやめせんか。原題は「贈り物に関する試論」ですよ)へのリスペクトで、しかし、『贈与論』の方が定冠詞が付いているのに(le don)、こちらには定冠詞を付けていない(debt)。なぜかなあ、と考えるだけで楽しい(ちなみに、昔流行ったネグリとハートの『帝国』も定冠詞付いていなかったな・・・)。しかし読んでみると、中身は『贈与論』よりもっと古い、フレーザー卿の『金枝篇』(これも定冠詞付き)に近い。『贈与論』は法そのものを問うが、『金枝篇』は法に正しさを与える神話や宗教を問うている。『負債論』は明らかに後者だ。

方法も古典的だ。この本はたくさんの事例カードに基づいて書かれているように思われるが、それはC.レヴィ=ストロースや川喜田二郎の方法だ。文化人類学イコール参与観察ではない。参与観察を含む、あらゆる事例をカード化するところが、少なくとも、カードをあまり重視しない社会学との大きなちがいである。

後でビデオで確かめたら、グレーバーさんは「負債というかたちで(今より豊かであるはずの)未来を先食いする仕組みは持続可能じゃない」と、すこぶるまっとうなコメントだった。私は好きだけど、この人、きっとマルクス・ガブリエルとか『ホモ・デウス』の人のような、NHK好みの色物学者じゃないな。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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