名古屋発6時20分始発のひかり号:新幹線の社会学7

東海道新幹線上りの名古屋始発は6時20分発「ひかり500号」、久しぶりに日曜と火曜の2回も乗ることになった。久しぶりに乗ってみると、いろいろな感慨が浮かんでくる。

駆け出しの20年前、私は愛知県豊橋市に住んで、山梨県甲府市の職場に通っていた。それだけでなく、東京の私大の非常勤を2つ掛け持ちしていた。いや、実は非常勤はもっとやっていて、当時国立大学の兼業上限が週8時間だったのだが、一杯一杯やって交通費と子育て費用を稼いでいたのだ。

毎週月曜、上り始発で豊橋を出て、東京に向かう。自由席は名古屋から満席で、運良く静岡で降りる客の前に立たなければ東京まで立ち席だ。でもそのほうがいいのである。東京に8時21分に着くと、8時24分発の中央線快速に乗り換えなければならないから、すぐに降りられるドア際がいいのだ。乗り換えて西荻窪9時着。9時始まりの東京女子大の1限を15分遅れて開講していた。その後2限までやって、今度は吉祥寺に向かい、三鷹で「かいじ号」を摑まえて、本務校の5限を時間通り開講していたと思う。こんなことで授業の質がいいわけはないが、省みると今より集中力があったような気がする。学生の授業評価も今よりずっとよかった。

当時より東京着が11分早まり、かつ21分遅れで名古屋を出て追いかけ、3分後に着く「のぞみ92号」ができたから、単純に比較はできないが、20年で客層が変わったような気がする。当時の私と同じように朝一で東京(あるいは浜松や静岡)の仕事場に行かなければならない男性の個人客から、同じ朝一でも、ディズニーランドにいかなければならない「大人の」女性の団体客に。休日だけかと思ったが、今朝の列車も7割方女性客だった。いや、この列車だけでなく、東海道新幹線は少しずつビジネス列車でなくなってきているのではないか。

単純に考えると、私たちの社会が働く者の社会から、消費する者の社会になってきたということになるのだろうが、私はそうは思わない。働くことが新幹線車中のようなところには現れにくくなり、逆に消費することが新幹線車中のようなところに現れやすくなってきてる(追い込まれてきている)ということではないか。

新幹線ではないが、かつて鉄道で移動する働く人を描かせたら、松本清張に勝る者はいなかった。清張が今生きていたら、この消費する移動者たちから、どのようなミステリーを紡ぎ出すだろうか。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 新企画「新幹線の社会学」, 見聞録 パーマリンク

4 Responses to 名古屋発6時20分始発のひかり号:新幹線の社会学7

  1. 松尾 のコメント:

    神戸の高校で同級生だった松尾と申します。大変ご無沙汰しております。本日偶然このブログにたどり着きました(今、このブログ内の過去記事を色々と読み始めています)。現在青山学院大(経済学部)で教えており、法政大の経済学部でも非常勤をしたことがあります。社会政策論や労働社会学を主領域にしています。「社会学のここが嫌い」の記事の中で、「労働社会学は労働組合に甘く」と書いてあったのには他人事とは思えず苦笑いたしました。ご活躍されますよう。

    • 中筋 直哉 のコメント:

      松尾兄、コメントありがあとうございます。懐かしいです。貴兄が青山で教えられていることは前から気づいていましたが、ご専門は社会政策論なのですね。高校生の頃の感じだと、貴兄の方がずっと研究者風だったことを思い出します。逆に私の方は学者をよそおう無理がたたって、4年前に適応障害を患い、そのリハビリでこうしたブログを始めました。だから、脱線気味の話題が多いですが、読んでくださるとうれしいです。遠からずぜひお目にかかりたく。ご活躍を祈り上げます。

  2. 松尾 のコメント:

    早速のご返事どうもありがとうございました。我々の高校の220数人の同級生の中では、恐らくは貴兄が最も私に近い分野でご活躍されているにもかかわらず、これまでご挨拶もせず大変失礼いたしました。遠からずお会いできれば幸いです。

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