名前、それは燃えるいのち:歴博「日本の中世文書」展を見る

「名前それは燃えるいのち」。ゴダイゴの名曲「ビューティフル・ネーム」の感動的な歌詞、「ひとつの地球にひとりずつひとつ」と続く。でも実際はどうなんだろう。千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館の企画展「日本の中世文書」を見ながら、ふとそんなことを考えた。

さすが歴博、素晴らしい展示だ。一番感動したのは、後醍醐天皇のご真筆、美しい・・・。もう1つは、明の神宗萬暦帝が出した「秀吉を日本国王に任ず」公文書2点、本物ですよ。ガラパゴス国家が世界標準に跳ね返された瞬間の記録だ。

それとは別に、社会学者としては、中世文書の署名のかたちが面白かった。誰がどんな風に署名するのか。歴史素人の私は、鎌倉幕府の役職「連署」が、本当に執権の左隣に連署することなのをはじめて知った。その署名は執権、連署とも「平朝臣」、源氏の幕府なのに・・・。そして、朝臣の下に官職名も名前もなく、ただ花押だけが記されている。「平朝臣」まで書記官が書いて、最後に本人が花押を書き入れたのだろうが、文字としての名前がないのが面白い。村上泰亮のいう「ウジ社会」では氏姓だけが大事で、現代のように人の個別性の(固有名の)意味がなかったからではないだろうか。

トップはどうか。頼朝は右大将とも右兵衛佐とも書かず名前も書かず、ただ文頭にでっかく花押だけ入れている。歴博がつけたキャプションが爆笑もので、「相当な尊大ぶり」と。昔の大河ドラマで石坂浩二が演じた「頼りない」頼朝のイメージを吹き飛ばす面白さだった。では、近頃「観応の擾乱」で人気の尊氏・直義兄弟は?全部ではないが、官職名なし名前入りで、その下に花押を入れるのだが、素人目にはどっちがどっちだか分からない。その上、なぜかどちらも頼朝のそれに似ている!。戦国時代の個性的な花押と大違いだ。

最後に、中世史の大家小島道裕館長のアイデアらしい、最後っ屁的展示がある。ネタバレにならないよう紹介すると現代の公文書で、私もかつて国家公務員だったのでよく分かる。「ハンコ、ハンコ、ハンコ」(黒澤明『生きる』)は、近代の「創られた(捏造された)伝統」に過ぎないのだ。だから早くやめましょう。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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