新年のごあいさつ:ブログのマイナーチェンジ

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

私がブログをはじめたのは、社会人大学院の宣伝のためと、故舩橋晴俊先生に強く勧められたからだった。宣伝効果は全くなく、社会人大学院はずっと慢性的応募不足に悩んでいる。その後心の病気をして、そのリハビリにと思い、少しずつ記事の量を増やしていった。読んでくださった皆さんには付き合わせてすみません。でも、おかげさまでずいぶん心が自由になりました。さらに、友人関係からはじめたフェイスブックの方にも転載することにして、最近はほぼ週一ペースで、気ままにどうでもいいことを何でも書き散らしてきた。

新しい事情が生じて、気ままにどうでもいいことを何でも書き散らすことが難しくなった。そこで、「どうでもいいこと」の原則を保持しつつ(大げさ・・・)、次のような方針を立てて、記事のマイナーチェンジを図りたい。

まず、旧年中にたどり着いた「クリティカル」という姿勢を引き続き追求していきたい。見聞きするさまざまな事実にクリティカルに接することに加えて、世界にクリティカルに関わるとはどういうことなのか、哲学的にではなく社会学的に考えていきたい。そんなこと今さら・・・マルクスを読めば十分でしょう、とは言わないで。そうかもしれないけれど、自分でもう一度考えてみたいのです。

次に「クリティカル」という言葉は自然科学系では「臨界」とか「分類できない」といった意味で使われることから、できるだけ社会学の辺境、そこで社会学が終わるところとか、そこで社会学が崩れるところへと「考える旅」をしてみたい。社会学を壊してやるぞ、というわけではなく、そうした社会学者もひとりくらいいていいのではないかと思うだけだ。

最後に、これがもっとも難しいような気がするけれど、書くことを通して私を私でなくしていきたい。「クリティカル」であるとは、正しい私が誤った世界を裁くことではなく、それを通して私が私でなくなっていく結果、今私が見ている世界も別の世界になっていくということなのではないか。だから事実を見聞きし、事実を書いていくうちに、すぐにではなくても、だんだんと私が私でなくなっていくといい。ただ、私でなくなることが別の私になることなのか、そもそも私という閉じた領域をもたなくなるということなのかは、まだ今は分からない。

相変わらずしちめんどくさいことを書いておりますが、美味しいものやすてきな人のことも書きますので、懲りずに読んでくださるとうれしいです。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の「新しい学問」, 私の心情と論理 パーマリンク

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