分類の未開形態:東京国立博物館特別展『顔真卿』を見る

最近トーハクづいていませんか。都心での仕事が少し早く終わったので、国立博物館特別展『顔真卿』を見に行った。平日の午後遅くだからそれほど混んでいないのでは、というのは甘い見通しで、中国人のカップルがたくさん。あとシニアの書道教室の団体も。

字は下手である。たぶん一生直らないだろう。見る目もない。それなのに顔真卿を知ってるのは、小学生の頃祖父が習字の練習のために買ってくれた分厚い教科書に、書家の評伝がたくさん載っていたからだ。習字はさっぱり上達しなかったが、評伝は繰り返し読んだ。空海が増水した川越しに霧で扁額に字を書く挿話など、今でも特撮映画のようにイメージすることができる。

しかし、その教科書の顔真卿のイメージは出世したお堅い官僚で、字も子供の目にも書聖王羲之の個性(変さ)に遠く及ばないような気がしたから、名前しか覚えていなかった。中学1年の道徳の時間、校長先生が下村湖人の『論語物語』を読ませたとき、孔子の一番弟子も願氏だな、と思ったくらいの記憶である(ちなみに、わが母校が4年間も柔道をやらせたり、論語を読ませたり、百人一首のクラス大会があったりしたことは、あまり話題にならないのではないか・・・)。

展覧会の顔真卿は、安史の乱に振り回されつつも位人臣を極めたが、上司のパワハラで殺されたドラマチックな人だった。そう見れば、あの堅い字も「片意地」と見えなくもない。

社会学者なら、デュルケムの『分類の未開形態』のように、非西欧文明の到達点として、書くという行為、書かれた文書という表象、収集、所蔵、鑑賞というコミュニケーションを洞察すべきなのだろうが、素養がなさ過ぎて、首をひねるばかりで終わってしまった。

1つだけ言えるのは、多くの名書が今日本(トーハクや旧三井財閥)で所蔵されているのはなぜか、それを中国人の若い観光客がそれほど怒りもなしに鑑賞しているのはなぜか、といった問題は、素養がなくても考えることができる、ということだ。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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