27年ぶりの交流:中川清先生に会いに行く

私がはじめて日本社会学会で発表したときの司会は中川清先生で、名著『日本の都市下層』(1985,勁草書房)をお手本にしていた私はその僥倖に感激したものだったが、学部や専門分野がちがうこともあって、手紙やメールでのご指導、交流は細々と続いていたものの、一度もお目にかかることなく今日に至っていた。変な言い方だが、研究者としてのプラトニックな(利害や人事のからまない)片思いだったのである。

それが、ご新著『近現代日本の生活経験』(2018,左右社)を拝読したら我慢できなくなって、同志社大学を退職後お住まいの茅ヶ崎まで押しかけた。3時間以上、こちらのぶしつけな質問も含め、濃密な研究交流の時間を過ごすことができた。

あらためて感銘を受けたのは、先生の研究者としての取り組み方の着実さである。『日本の都市下層』から15年後の『近代日本の生活変動』(2000,勁草書房)(書評、日本都市社会学会年報に書かせてもらったので、ウェブで読めます)、さらに18年後のご新著と、徐々に戦線が拡張され、視野が広がり、理論が深まっていく。焼き畑農法的な、あるいは遊牧民的な行き方もあろうが、こうした着実さを、私は引き続き手本としたい。先生の方はさらに地平を広げ、深める研究に取り組まれているとのことで、次のお仕事が楽しみである。

直接お目にかかると、そうした研究を生み出してきた先生の人生についてもうかがうことができ、考えさせられた。こちらが一番聞き出したかった、先生の先生、生活構造論の大成者中鉢正美の人柄と思想も、こちらが期待していたのとはちがったが、納得できるものだった。

もう1つ私にとって大切なご教示は、私は先生のご研究を読みながら、E.デュルケムが『自殺ー社会学的試論』で自殺率をそう扱ったように、社会の現状をひとつかみにできる魔法の「社会的事実」として、家計調査のデータを分析できるはずだと考えてきたのだが、長年のご経験に基づく先生のご高見は、データとしての家計には社会の変化が現れないことが多い、だった。ちょっとがっかりしたのだが、今省みれば全くその通りで、むしろ家計に限らず計量的なデータとはそうしたもの、頭で考える通りには操作できないものだからいいのだ。そのこと自体も、これからの宿題として考えていきたい。

実は先生にお目にかかる前に、海岸の大きなCの字とか、記念館になっている開高健の自宅とか、茅ヶ崎の名所をめぐったのだが、その話はまた次報で。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 東京漂流, 私の「新しい学問」, 見聞録 パーマリンク

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