さまざまな「国民国家」の経験:国際ワークショップを手伝いながら

先便で紹介した、ドイツ人学者マイケル(ドイツ語ではミヒャエルだと思うが、本人はマイケルで通している)・クーン氏が主宰する学術ネットワークWorld Social Science and Humanity Network のワークショップを、矢澤修次郎先生をお手伝いして、法政大学市ヶ谷キャンパスでこの土日に開催した。

https://www.worldsshnet.org/

国際経験の致命的に貧困な私が下働きだった結果、盛会にはならなかったし、相変わらずIs this a pen? レベルの英語から上達しない私は、話を聞いているのがやっとだったが、ナイジェリアやアルゼンチンなど、いろいろな国の研究者の話を聞けて、勉強になった。

今回のワークショップでは、来日できない方をスカイプでつないで議論することになったが、これが面白かった。スカイプも「ベ」ビーユーザーの私は、スカイプで会話しながらパワポを動かせることにびっくり。でも、ビジネスでも使われるスカイプがそうなっていることに何の不思議もない。インドの方のプレゼンの声の向こうに、喧しい小鳥のさえずりが聞こえ、勝手に大きな菩提樹の姿を想像してしまった。

今回は複数の西欧先進国でない方の、それぞれの経験と立場に基づく「国民国家」に関する研究報告があって、それにクーン氏がいかにも西欧的な批評を加えるかたちで進んだので、社会科学における西欧中心主義の克服といったテーマをずっと考えることになった。クーン氏自身は決して西欧中心主義ではなく、ただ理論的で批判的でありたいだけだと言われるだろうが、その姿勢そのものが(それに無意識であることも含め)、実は西欧中心主義の核心なのかもしれない。矢澤先生は、「理論的に詰めればそうかもしれないが、社会科学は多様な現実に寄り添うべきだ」と何度も反論されていた。

議論の中身について言えば、クーン氏は徹頭徹尾国民国家について批判的な立場だが、多くの、とくに途上国の方々は、腐敗した官僚制など、あらゆるその悪徳を踏まえてもなお、国民国家の積極的な面に言及しないではいられない。それはインドの方が言われていたように、それぞれの社会にとって、国民国家が不自由で差別的な前近代社会を破壊する唯一のツールだったからだろう。しかし、それはドイツも同じだったのではないか。

ワークショップの終わりに、手伝いを労いながら、クーン氏は、「矢澤先生はあなたの博士論文の指導教員か」と聞いてきた。私が卑屈に見えたので、そう言われたのかもしれない。が、私は即座に「そうではない。just friend だ。」と反論した。横におられた矢澤先生も、「そうだ。friend  だ」と言ってくださった。矢澤先生に friend と言ってもらえて、私は光栄である。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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