故郷に似た港町:名古屋港の鉄道跳開橋を訪ねて

今シャチで有名な名古屋港水族館があるあたりは昔は臨港線の貨物駅だったそうで、鉄路は埠頭を180度回って北行し、堀川沿いの艀だまりのあたりで終わっていたらしい。その途中、元は運河だったが半分埋め立てて掘割にしたところの口に、写真の鉄道遺産「名古屋港跳上橋」はある。もちろん今は使われていないし、前後の鉄路も撤去されて、ない。

ふと懐かしくなって、春休みに見に行ったのである。懐かしいというのは、私の故郷には、少なくとも今も残る(もちろん使っていない)、運河を渡る鉄道旋回橋(和田岬支線「和田旋回橋」)があり、またすでに残骸だけになっていたが、道路と路面電車が片側に跳ね上がる、これも運河を渡る跳開橋(「高松橋」)もあった。

施設そのものも鉄道ファンには興味深いが、やはり私には自分の故郷が思い出されて懐かしかった。写真右手には、おそらくかつては専用線でクリーム色のホッパ車を出し入れしていた製粉工場が今もあるが、これも和田岬支線と同じである。また倉庫や鉄工場の間に定食屋や喫茶店が散在する街並みそっくりだ。私の故郷は、震災もあって当時の面影をほとんど失ったが、ここにはまだ子供の私を包んでいた空気が流れている。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 扇の港より, 見聞録 パーマリンク

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