私が社会学に出合った頃:佐藤俊樹『社会科学と因果分析』を読む

先輩の新著を読みながら、ふと自分が社会学に出合った頃のことを思い出す。地方の受験進学校の「落ちこぼれ」には社会学はほとんど未知の存在で、新聞の身上相談の小関三平くらいしか知らなかった(小関三平先生、もう誰も覚えていない?)。いや、見田宗介先生の、後に『白いお城と花咲く野原』(1987,朝日新聞社)にまとめられた「論壇時評」が始まっていたかしら?本棚から出して確かめたら、ちょうど大学受験の頃に始まっていたので、やはり知らなかったと思う。

だからはじめて社会学に出合ったのは、大学1年生の時の折原浩先生の「デュルケームとウェーバー」(講義名はもちろん「社会学」)だ。山に登りたかった私はワンダーフォーゲル部に入り、毎週日曜の終列車で山から下りる生活だったから、月曜の朝洗濯をして、午後一の授業に出ても起きていられるはずがなかった。二階席もある大教室の一番後ろで、ずっと舟を漕いでいた。遠くで小首をかしげた独特のポーズで折原先生が研究とは何かという話をされているのだが、その姿は覚えていても、話の中身は何も覚えていない。いや、1つだけ覚えている。「経験的一般化は理論の前段階ではあるが理論ではない」という話だ(間違っているかもしれません。折原先生ごめんなさい)。何か、ハッとさせられ、最終回先生が「今年度はウェーバーまでたどり着けなかったから、来年度はゼミでウェーバーをやります」と言われたので、即参加を決めた。後に本郷の社会学科の新歓で、故富永健一先生が「見田君に惹かれて社会学科に進む学生は多いが、折原君に惹かれた学生が3人もいたのは珍しい」と言われた。あのころの折原先生や富永先生はちょうど今の私くらいのお年だった。信じられないくらいの、学識の高さ。

先輩の新著は雑誌連載のときに読んでいて、今回もそのとき同様、最後までほとんど同意できない。とくに因果分析を社会科学の至上命題とするのは、知的ファシズムでしかないと思う。因果を推定してもいいけれど、しなくても価値ある研究は多い。が、1つ感銘を受けたことがある。対象が複数でも単一でも社会科学としての価値は変わらないという話だ。私は社会学の「本願」は集合現象の解明にあると考えるが、単一の事象からも集合現象の核心に到達することはできるはずだし、その方がより高度なデータ操作を要するはすだ。1つの事象とていねいに付き合う。現代の社会学にとって何より大切なことと思う。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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