素人もやしもん:朝日新聞6月17日夕刊の記事「凄腕しごとにん」から

大学院生の頃、食いしん坊の師匠に連れられて、フランスの有名レストラン巡りをしたことがある。結局一生に一度限りのことだったが、その豊かな思い出は、今も日々の食事の用意の時に、少しずつ活かされている。食事が中心ではあったけれど、食事をすればワインを飲まないわけにはいかないので、毎回分厚いワインリストをめくるソムリエの勧めるワインを、懐具合と相談しながら、おそるおそる飲んだのだった。

そのとき知ったのは、ワインの複雑な香りと味わいは、実は子どもの頃毎夏墓参りに通った丹波篠山の村の納屋や牛舎のなかの空気とあまりちがわない。いや、その記憶と響き合って身体の中の何かが起き上がる感じがするのだということだ。大げさに哲学的に言うと、飲む主体と飲まれる対象物との対立・支配ではなく、ルソーが『孤独な散歩者の夢想』で書いたような、モノもヒトもともに世界のなかに埋め込まれる感覚だ(社会学者作田啓一はこれを「溶解体験」と呼んだが(『ルソー―市民と個人』)、私はそれは誤解だと思う)。

そう思ってから二十年ちかく経った昨日、朝日新聞6月17日夕刊「凄腕しごとにん」に、山口県岩国市の有名な醸造所の製造部長のインタビュー記事が載っていた。その話が真逆だったので驚いたのである。

私とほぼ同世代の彼は、古い蔵の埃まみれの道具が酒の味をまずくしていたので、新しい道具を入れ、細やかなデータ管理を行った結果成功したという。たしかにその銘柄は、世界一有名な日本酒といえるかもしれない。しかし、私はその酒を一度もうまいと思ったことがない。私の世界と彼の世界、まるでアナザーワールドのようだ。

とかなんとか言っているけれど、今の私はほとんど酒が飲めず、飲んでも美味しいかどうか分からない。そもそも5年前に最初に自分の心の病気に気づいたのは、晩酌の酒の味がまったくしなくなったからだった。今酒の話をするのは、頭の中の遠い追憶だけである。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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2 Responses to 素人もやしもん:朝日新聞6月17日夕刊の記事「凄腕しごとにん」から

  1. 齊藤典子 のコメント:

    初めまして、齊藤典子と申します。私は社会人学生として、千葉大学文学部歴史学コースに入学し、現在学部四年生です。卒論で「東京市の米騒動」をテーマにしています。先生の「群衆の居場所」を拝読し大変勉強になりました。御著の244ページの註(1)にあります「群衆の居場所―東京・近代都市生活の形成史」修士論文を是非拝見したいと思っています。千葉大学の図書館で調べてもらったのですが、論文を見つけることが出来ませんでした。どのようにしたら、読むことが出来るでしょうか?
    失礼とは思いましたが、直接お伺いしました。お教え頂ければ幸いです。

    • 中筋 直哉 のコメント:

      齋藤様、中筋です。私の研究に関心を持ってくださって、ありがとうございます。私が修了した当時の東大文学部の修士論文は各研究室に配架されていて、直接訪ねれば閲覧も貸し出しも可能だったと覚えていますが、今はどうか分かりません。この先は直接メールでご案内します。

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