新幹線の社会学11:タワマンの街の優雅な生活

東海道新幹線の変わらない風景と言えば、「新幹線の社会学6」で取り上げた静岡用宗のラブホテル「ガンダーラ」だが、この10年で大きく変わった風景と言えば、新横浜を出て日吉のトンネルを抜けた左手に見えてくる、武蔵小杉のタワマン街だろう。右手の日本電気のバブル高層ビルと高度成長期の古いビルの対照も見逃せないが、どうしてもタワマンに目がいき、これで何本目と、数えてしまう。やがて日本電気もいなくなってタワマンになるのだろう。いや、そこまでこの国の経済は持つのだろうか。

タワマンの元はやはり電機工場だったのだろうか。思い出せないので、手元に残してあった、平成のはじめ頃の川崎市のポケット市街地図を見てみた(ポケット地図、今見かけないよねえ)。たしかに工場が多い。それとともに、必ずしもメーカーに限らない、大企業の社宅が多いことに気づく。ああそうだ。山口瞳の『江分利満氏の優雅な生活』。

文庫表紙の柳原良平の挿絵でも、岡本喜八の映画でも、舞台である2階建てテラスハウスの社宅は克明に描かれている。原作では江分利=山口は東西電機(ナショナル?)の宣伝部社員だが、実際はサントリーである。トリスを飲んでハワイへ行こう!。今グーグルアースで見てみると、駅から法政通りを南に進んだところに今もサントリーの社宅がある。ただしテラスハウスではなく、単身者用のアパートだ。

映画では、足早に出勤する江分利を、没落した成金の老父(東野英治郎!)が必死になって追う。雑草生い茂る東横線の線路脇の道だ。学生の頃はじめて訪れた小杉はこうだった。線路脇には中二階のあるおしゃれな喫茶店もあって、アイスピックで削ったような、今のフワフワかき氷と真逆のかき氷を食べさせていた。

今の小杉を訪れることは滅多にない。わが職場が多摩をさっさと引き払って、小杉にある付属校に移転すればタワマン景気に乗れたかもしれないが(もともと付属校の前は予科ついで教養部だったはず、故北川隆吉先生は小杉ではじめて教壇に立ち、学生時代に働いたセツルメントにも近い場末感に涙したと言っていた)、そうならず、今後も小杉とは縁がないだろう。新幹線から眺めるだけだろう。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 新企画「新幹線の社会学」, 東京漂流 パーマリンク

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