代打高井:職業人としての私の立ち位置

昨日今日のうちに突然の同僚のトラブルで、学部の仕事を1つ肩代わりすることになった。引き受けながら「うーん、このパターン多いな」と思っている。無理のないようにやっていこう。

昔ある学会で理事になったとき、最初の理事会で先輩の偉い先生が、俺は忙しいからできないと駄々をこね、若輩で偉くない私が常務理事ということになった。何とか2年務めたが、そこは東京中心の学会で、名古屋から通ってい、かつ社会人大学院の授業があるために土曜日曜が動きづらい私にはつらい仕事だった。それから何年か経ってまたその学会で理事になった。今度も別の先輩の有名な先生が、俺は外国に行くから引き受けられないと駄々をこねて、無名の私が常務理事ということになった。その後の理事会では、運営の仕組みが問題になり、これも別の先輩の偉い先生から、なんでこんな非効率な仕組みになのかと非難されたのだが、それはさらに前に事務局担当だったとき、私が名古屋から通っているためにそうなったことだった。むしろ私の方がいいたい。なんで、先輩たちのわがままにつきあい続けなければならないのか。急にむなしくなり、他の理由も重なって、私の心は壊れてしまった。

実は他にも、はっきりとは分からないが、たぶん偉い先輩や有名な先輩が断った「代打」らしい書きものの仕事が何度かあった。どうやら私の職業人としての立ち位置(ベルーフ?)はそういうものらしい。

小学生の頃ファンだった阪急ブレーブスには「代打男高井」という選手がいた。お隣の阪神タイガースにも遠井ゴロちゃんという、足が遅いので代打しか無理、という選手がいた。あの人たちのような感じになれるといいのだけれど。でも、令和の社会は高井や遠井のような存在を昭和の社会のようにリスペクトしてくれるだろうか。使い捨てにするだけじゃないだろうか。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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