家族の秘密:BSプレミアム「バーンスタイン 天才の光と影」(録画)を見る

半年くらい前に録画したBSプレミアムの「バーンスタイン 天才の光と影」を見た。ドイツのドキュメンタリーフィルムで、大筋は大指揮者ではあったが大作曲家にはなれなかった(と本人は思っていた)L.バーンスタインの挫折の人生を描いたものだ。2つの点で面白かった。

1つめは、メインの証言者が彼の3人の子どもたち(長男、長女、次女)で、3人揃って登場し、かなり辛辣な父親評を述べたことだ。とくに娘たちの父を語るトーンは酷薄なまでに冷静で(才能という妄想の周りで堂々巡りし続ける)、娘をもつ父親のひとりとしては衝撃的だった。ただ、見終わってみると3人の語りの異常さの方が思い出されてくる。つねに3人一緒なのだ。私たち社会学者はインタビューの対象者それも利害関係者を複数同席させたりしない。語りに偏りが出てしまうから。役所などの公的機関だと、睨みを効かす悪役、じゃなかった上役が同席したりするけれど、ライフヒストリーのときはそういうことはまずない。現代社会における語りとは基本的に個人の語りなのだ。しかしこの3人はずっと3人同席で、かつ1人ずつ足を固く組んで厳しい表情で話し、その話に他の2人は口をはさまない。

ここからが2つめの面白い点で、そうした彼らがもし共同謀議ならば、その統一された物語の裏に彼らの「家族の秘密」があるにちがいないのである。現実には中年の父が才能の枯渇に悩んだ挙げ句、おっさんずラブに迷って家を出てしまい、取り残された彼らの優しい母の絶望なのだが、それを語るときに、偉大な父の卑小さという、母のではない物語が紡ぎ出されてくるわけだ。本当は3人それぞれの父の経験、母の経験があるはずだが、それは語ってはならないのである。

フランスの精神分析家S.ティスロンの『家族の秘密』(2018,文庫クセジュ)は、家族が(強いられた、禁じられた)共通の物語を受け継いでいく社会集団(フロイト的にいうと、連鎖する超自我)であることを明らかにした興味深い研究だが、今日見たドキュメンタリーは、その物語がただ受け継がれていくのではなく、創造され、強化されていく現場を映していたのだと思う。

ところで、私のお気に入りのバーンスタインは、ラヴェルのピアノ協奏曲の弾き振りです。ユーチューブで見られますが、後にも先にもそんなことをする人は出ないでしょう。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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