「自己肥料化願望」起こる:ある研究会に参加して

「亡くなる直前に、安丸良夫先生に研究を見ていただいたら、『これでよい』と言われました。」「いいなァ・・・。俺なんか、本出したら即レスで折原浩先生から『君のウェーバー理解はなっとらん』の大目玉の手紙だもんな。手紙、まだネットに上がってるし。」

幹事の先生からお誘いを受けて、折原先生が中心の「比較歴史社会学研究会」に参加した。私のただ一冊の代表作(笑)『群衆の居場所』と対象がほぼ重なる、東京女子大の藤野裕子先生の『都市と暴動の民衆史』(有志舎,2015)を著者を招いて議論する会だった。対象書については、すでに『大原社会問題研究所雑誌』693号に書評を書いたので、関心のおありの方はネットで検索していただいたい。本文読めます。間接的にではあるが、私が書評で呈した疑問に、ほぼ網羅的に答えていただき、同意はしないが、納得である。

帰りの電車の中で、しみじみ考えた。若い頃の研究『群衆居場所』と、東京帝大セツルメントを論じた「磯村都市社会学の揺籃」(『日本都市社会学会年報』16,これもネットで読めます)と、社会運動の歴史社会学というものを構想した「社会運動の戦後的位相」(『講座社会学15 社会運動』東大出版会)は、どれも一所懸命に取り組んだものだが、その一所懸命に意固地になってしまい、誰もなかに入らせない「秘密の花園」のようにしてしまっていた。そこには、中川清先生や吉見俊哉先生や磯村英一先生や北川隆吉先生にいただいた種が誰も見ない花を咲かせてい、私は今も毎日水を遣っていた。でも、まあ、誰も見ない花園なんて意味がない。もっとポピュラーで、きれいなガーデンが開園するなら、私の方も特に誰のものでもない公園にしてしまいたい。気になる花があれば持って行ってもらっていいし、土が役に立つなら客土に使ってもらってもいい。そんな気持ちになってきた。

おやおや、それは見田宗介先生がいうところの「自己肥料化願望」ですか。

東京の果てのアパートに帰り着き、風呂に入って思い出した。会の冒頭の自己紹介の時、「長いこと都市社会学をやってきましたが、飽きたのでやめました」と言ってしまった。生涯をM.ウェーバーの研究と教育に捧げられている折原先生の前で。ヤベェ!

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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