月曜出校の憂鬱

今日は、病気以来はじめての月曜出校。他の授業へのゲスト出演。

私は、今の学校に移ってからずっと社会人大学院を担当してい、土曜はほぼ必須、日曜もひんぱんに出校だったので、月曜は家事分担の面からも休日にしていた。それを破ったのは学部執行部入りした学生担当1年と教務担当2年の計3年間だけ。月曜が執行部会議の日だからだ。病気をしてからは出来るだけ出校日を減らし、土日曜の出校も最小限に絞ってきた。久しぶりに月曜出校して、そうしたことを思い出した。

その3年間は色々あって一所懸命に働いたが、何の得るところもなかった。パンドラの箱ではないけれど、残ったのは、定期的に来るうつ症状と、職場に対する寒々とした絶望感だけだった。

今日のような仕事はいいけれど、そうでなければ退職まで二度と月曜出校はしない。固い決意で多摩を後にした。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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