正義不在、中村正義を悲しむ

テレビのローカルニュースが、ある地方都市の市立美術館が夏休み企画として「怖い絵」の収蔵展を開いているといっていた。映像には中村正義の「何処へ行く」が映されていて、「おばけのような」というコメントが流れていた。中村正義は、その地方都市出身の日本画家で、亡くなった私の義父は、駆け出しの頃の正義の仕事場を訪ねたことを、誇りとして何度も語っていた。郷土の誇りだけでなく、おそらく岡倉天心が始めた近代日本画の思想的部分をもっとも強く体現した、不世出の画家のひとりではなかったかと思う。私自身は膨大な数の舞妓の絵に深く惹かれている。そして「何処へ行く」は、水俣の悲劇に関心を持つ者なら、誰もが見たことのある絵だと思う。断じてそれは、恐ろしい絵ではあっても、怖い絵ではない。そこに描かれているのは、おばけではなくて、私たち人間である。義父の郷土の画家に対する度しがたい仕打ちに深い悲しみを覚える。そういえば、彼の書に「正義不在」と作品があった。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
カテゴリー: 私の心情と論理 タグ: パーマリンク

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