マルクス、長い友人のように

職場の年長の同僚と話していたら、「最近新しいマルクス研究者がいるよ。エコロジーとマルクスが専門で、ドイツで学位を取ったそうだ」との話、「ああ、その人なら少し前の朝日新聞に出てましたね」と答えたが、朝日の紹介はつまらなかったので、それ以上話を広げられなかった。

私たちくらいまでの世代の社会科学者は、専門にかかわらず、マルクスを多少は勉強したはずである。なぜなら、先行研究の多くが、マルクス主義の用語か、マルクス主義の裏返しの近代化論の用語で書かれていたし、それ以上に師匠がマルクス主義に立脚していたから。うちのゼミなど、学部の学生たちですら、「先生の結論はいつも国家独占資本主義だから、うちのゼミの名前は『国独資』ゼミにしよう」などと言っていた。同級生は大手商社に就職したことを別の先生に報告したら、「君は独占資本の手先になるのかね」と言われて悄げていた。もちろん悪いジョークだったのだろうけど。

といっても、読んですぐ分かるはずもなく、また労農派とか、宇野派とか、講座派とか、構改派とか、ちっちゃなちがいがたくさんあって、慣れるのに一苦労。『ドイツ・イデオロギー』を『ド・イ』というか『ド・イデ』というか・・・どっちでもええやん!。

『資本論』の筋書きが漸く頭に染み通ってきたのは就職した30才の頃で、その感激が今でも岩波文庫版の第一巻の表紙見返しに書き込んである。しかし、その頃にはもう「今どきマルクスなんか、ねえ」になっていた。

R.ペック監督の映画『マルクス・エンゲルス』(原題は『マルクスの青春』?)を家族で見たとき以来、なぜか子供は、私を赤い大学の赤い学者と思い込んでいる。そんなことはないんだよ。ただのマネジメント大学のただのネオリベだよ。

でも、せっかく身についたものだから、これからも大切にして、ときどき取り出して、セッセと磨き、たまには巻き簀でも切ってみるか。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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