大日本帝国軍艦扶桑:カイゼンの行き着く果て

授業カイゼンアンケートを読みながら、ふと「毎年カイゼンしていった果てはどうなるんだろう」などと考える。エクセレントプロフェッサーの栄光、なわけないか。

小学3年生の頃、『宇宙戦艦ヤマト』がきっかけで軍艦マニアになり、本屋で雑誌『丸』を立ち読みする変な子どもになった。近所に「六甲模型」という名の大きな模型屋があって、ショウウィンドウにウォーターラインシリーズの色つき完成品がたくさん飾ってあったので、学校が終わると何度も眺めに通った。小遣いが少なくて630~720円する戦艦や空母はとても買えず、240円だったかな、安い駆逐艦ばかり増えていった。郵便局から為替を送って、『丸』の水雷戦隊史特集を購入したのもその頃だ。

並み居る小さな艨艟のなか、ひときわ魅せられたのが戦艦扶桑である。寸詰まりの艦型にてんこ盛りの砲塔、そして何より、狂気の沙汰といえるほど高く積み上げられた艦橋。不合理の権化のようなその形状は、少しだけスッキリした姉妹艦山城とともに強く惹きつけられるものがあった。『丸』で戦歴を読むとはなはだ芳しからず、最期は「おとり艦隊」の旗艦として、1200人の乗組員ほぼ全員がフィリピン・スリガオ海峡に散った。いいところのなかった艦である。

しかし、1915年の竣工時には帝国海軍最初の超弩級戦艦だったのである。そのときの写真を見ると、すっきりとした実に強力な艦容なのだ。それが急速な時代の変化についていくために、無理なカイゼン(改装)を重ねた結果、グロテスクで時代遅れ、役立たずな艦になってしまった。そして30年後に役立たずなまま撃沈されたのである。

教壇に立って28年になる私も、無理なカイゼンを重ねた結果、結局時代遅れ、役立たずなまま21世紀の社会学の海に沈んでいくにちがいない。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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2 Responses to 大日本帝国軍艦扶桑:カイゼンの行き着く果て

  1. かほう鳥 のコメント:

     こんにちはかほう鳥です。カイゼンアンケート?ああ、お客様窓口ですね。あれがあるお店は ない店より信頼できる気がします。ちょこっと違いますね*
     軍艦は好きではありませんが彼は多くの造船エンジニアを育てられたなら 裏仕事は
    きっちりこなせたと思います。
     アンケートって、学生さんの意識向上や改革を促す事が裏テーマですよね。
     授業に対しての面白いコメントはどのくらい返ってくるもんでしょうか。。。

  2. 中筋 直哉 のコメント:

    コメントありがとうございます。おっしゃる通りです。1通でも、気づきがあるコメントがあれば成功で、実際1通は確実にあります。ただその1通にたどり着く前の、そうでないたくさんのコメントを我慢するのがやや辛いです。

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