俺の名はエースのジョー、生まれながらの殺し屋だ:宍戸錠の訃報

宍戸錠の訃報。30年前、大学3年生の秋は彼の映画とともにあった。

高校生の頃、亡父の読みさしの小林信彦『日本の喜劇人』(新潮文庫版)の宍戸錠の章に魅せられたが、神戸では日活アクションの、それもショートピースなんか見るチャンスがない。上京したらいずれと念願していたところ、今はもうない、大井町駅西口の大通りの突き当たり、大井武蔵野館(2階の大井ロマンの方だったかな)、宍戸錠の特集をやっていて、授業(富永健一先生の社会階層論とか!)が終わるや毎日のように駆けつけた。武智豊子のようなモギリのおばさんがいて、「熱心だねえ」とほめてもらった。

本人登場の日もあって、非常階段から現れるや、「俺の名はエースのジョー、生まれながらの殺し屋だ」ときたもんだから、狂喜乱舞。1つのことにとことん熱中できた青春時代。

その後色々ありまして、すっかり忘れてしまいました。

今思い出そうとしても、断片的にしか出てこない。エースのジョーって言うけど、役名は「ハジキの政」とか「コルトの銀」だったな。ああ「コルトの銀」は『拳銃無頼帖』、赤木圭一郎と宍戸錠と西村晃の三角形が素敵だったな。これが「ハジキの政」、『渡り鳥』になると小林旭と宍戸錠と金子信雄の三角形になるわけで、つまり正義と悪を架橋しつつ、超越しているのである。それは、やっている宍戸錠が、これは空想のお遊びですよ、と醒めていて、醒めているから演技が徹底しているのだ。

アキラ「おしゃべりな野郎だな」ジョー「むしろ、文学的と言っていただきたい」、ただ合掌。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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