赤のリアリティ

三十歳になった頃か、ある夜マルクスの資本論を読んでいて、突然全体としての論理が腑に落ちたような気がしたことがあった。それまでは分からないものを学んでいるばかりだったのが、それ以降は自分の道具の1つとして使えるようになった気がした。最近、幾つかの機会を通して、別の次元での「赤のリアリティ」を体得することがあった。たとえば、子どもの頃、ソ連の一番偉い人が何で「書記長」なのか、分からなかったけれど、その意味が分かるようになったのだ。言葉を管理し、書き換え(上書きし)、流通させ(遮断す)ることの権力。これは資本論には記されていない。もっと根深い、人間の負の可能性なのだと思う。

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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