祖父の思い出(盆参りのかわりに)

幼稚園の年長組の頃、ある初夏の休日に、祖父は私を連れ出して、福知山線の丹波大山駅から下滝駅まで線路沿いの道を歩かせた。時刻表で見ると8キロ、まさに遠足だが、6歳の子供にはどう考えても無理だ。だいいち、なぜ神戸から遠い丹波大山まで行かなければならないのか分からない。熱くなった舗装に陽炎が立ち、そのゆらぎの向こうにほほえんで待っている祖父がいる。私は泣きそうになりながら、追いかけている。祖父が亡くなったとの電話を受けたとき、最初に思い出したのは、その思い出だった。泣けて泣けて仕方がなかった。祖父は今神戸の寺の墓にいることになっている。でも、私はそこにはいないと思う。婿養子だった祖父の郷里、同じ丹波今田の和田寺のお堂の上の空にいると思う。婿養子の義務を果たして、大好きな郷里で安らいでいると思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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1 Response to 祖父の思い出(盆参りのかわりに)

  1. 中筋直哉 のコメント:

    毎年の盆の墓参りの時、祖父は自分の実家の墓参りだけでなく、何度か和田寺の山堂に私を連れて行った。そこで何をするでなく、ただ居させられた。退屈した私は、いつもお堂の軒下の蟻地獄を壊して遊んでいた。今省みると、これが祖父のエンディングノートだったのだ。「俺はここに帰る」と、祖母でも父でもなく、私に伝えていたのだ。

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