編集者Tさんのこと:最近読んだ本から

先便で書いた連れ合いとの「功利主義」をめぐる論争、向こうは忘れてもこちらはしつこいので、地元の図書館で『功利主義は生き残るか』(松嶋敦茂、2005,勁草書房)という本を借りてきて読んでいる。私には実に分かりやすくてよい本だ。おまけに、昔盛山和夫ゼミで読んだ本に出てきたハーサニという人が、ほんとうはハルシャーニという亡命ハンガリー人であることをはじめて教えられた。彼がナッシュと一緒にノーベル経済学賞を獲った1994年には、私はすでに盛山ゼミを卒業していて忘却の彼方。

あとがきまで読み進めてハッとした。担当編集者がTさんだという。Tさんと私はちょっとだけ付き合いがあった。それこそ1994年、私がはじめて専修大学で教養科目の社会学を担当させてもらうようになったある日のこと、彼は突然講師室に現れた。勁草書房ではなく八千代出版だったと思う。「先生のシラバスを読みました。『社会学は可能性の人間学である』という言葉に感銘を受けました。一緒に教科書を作りませんか」。私は若くて野心にあふれていたので、二つ返事で承諾した。松島静雄・中野卓『日本社会要論』(1958,東大出版会)をお手本に、連れ合いと二人で書く案をすぐに提出した。あっという間に出せそうな勢いだった。ところが・・・。

私の人生は急にダッチロールしはじめ、職場も教科書を使って社会学一般を教えるようなところではなくなってしまった。いや、それは言い訳だ。教科書を書くだけの心の余裕も勉強の余力もなくなっていったのだ。Tさんはそれでも何度か督促してくれたし、それ以外にも彼の転職を含め、何度か他の企画の相談に応じた記憶がある。しかし勁草書房に移った後、彼はどんどん有名になり、それと反比例して私との付き合いは薄くなった。すると「あなたと付き合っても利益がない」というようなことを言われて、怒るどころか、全くその通りだと思って肯いたら、それっきり連絡がなくなった。その後、理由は分からないが彼は勁草書房をやめ、私たちの業界から姿を消した。手広くやっていたから、事情をご存じの方もいるかも知れないが、私は知らないし、もはや知りたいとも思わない。

でもTさん、今どうしているのだろう。元気にしているのだろうか。教科書案、省みればあまりに内容が前世紀的過ぎて、とても売れそうになかった。色んな意味で、悪かったなと思う。

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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3 Responses to 編集者Tさんのこと:最近読んだ本から

  1. 中筋 直哉 のコメント:

    先便は顔本のみで、こちらには投稿していなかったので、追補。7月14日のもの。

    【専門バカ注意】
    昨夕、連れ合いとタルコット・パーソンズの「功利主義」の用法をめぐって久しぶりに学問的に論争した(家事上の論争は日常茶飯事)。敵は吉田民人ゼミ仕込みなので、どだい勝てるわけがない。が、敵が定石と思い込んでいることが私には疑わしい論争点なのである。

    『社会的行為の構造』と訳されたパーソンズの大著。あらためて読み直してみると(チョットだけよ♥)、疑問や不思議だらけだ。何より何でパーソンズが「功利主義」にこだわっているのかが、よく分からん。そう言えば白熱教室のサンデル先生もこだわってたな。アメリカ知識人の地雷ワードなのかな(アンタも好きねえ♥)。

    町村会長も会長講演でチョット触れられていたけど、あの頃の東大は理論家の権威著しく、私ら実証系はその神殿の階にも触れてはいけない感じだった。まあ、でももういいでしょう。チョット土足で踏み込んでみます。

  2. 神配次郎 のコメント:

    このブロガーさんはなぜ必死に他の著名研究者などにリプライを飛ばしまくったり過去の職場の怨恨を綴ったりしてるのだろ。かまってほしいのかもしれないが心の調子が悪いのではないかと少し心配になってしまう。

  3. 中筋 直哉 のコメント:

    神配次郎さん、ご心配ありがとうございます。ご賢察の通り私はうつ病で、ながく完治しておりません。ですので、ぶしつけでご不快な書き込みも少なくなかろうと存じます。どうか無視していただければ幸いです。

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