無ではなくなりません、死でなくなります:茶杓「泪」を見る

「泪(なみだ)」を見た。利休居士が最後の茶会に削った茶杓。弟子であり当日の客でもあった古田織部に与えたという「聖遺物」。織部は「鞘」を作って拝んでいたという。

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/96849

「鞘」には窓が開けてあるが、展示では出してあるので、中身のどの位置に開けたのか分からない。私には茶杓の節が見える位置に開けてあるように見える。節は師の切った腹であり、やがて自分も切るだろう腹である。昔見た熊井啓監督『本覚坊遺文』(1989,東宝)のテーマ(萬屋錦之介演じる織田有楽斎が利休の切腹を真似てみる)を思い出した。

唯一無二の「聖遺物」で来歴も明白(織部に切腹を命じた家康が手に入れ、徳川を「文」の家とすることに異常な執念を燃やした尾張義直が拝領した)なのに、国宝でも重文でもないのはなぜだろう。モノがまとう野蛮さ、暴力性が宝と呼ぶことを躊躇わせるのだろうか。

元々は尾張徳川家の博物誌『張州雑志』を、併設されている「名古屋市蓬左文庫」に見にきたのである。この状況下の平日なので客は少なかったが(通常は尾張徳川家の雛人形が出るので混雑する)、「泪」の周りにはまったく人がいなかった。その虚ろさがかえって「聖遺物」の野蛮さ、暴力性を際立たせているように感じたのは、物語に囚われすぎて「モノそのもの」を見ていないからかもしれない。

https://www.tokugawa-art-museum.jp/exhibits/planned/2021/0206-2hosa/

 

 

中筋 直哉 について

法政大学社会学部教授。1966年神戸市生まれ。
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